„Götterdämmerung“まで一通り今年の演目の初日の公演を楽しむことが出来た。昔はNHKのFMでチューニングを気にしながら夜中耳を凝らしたものだが、今はインターネット・ラジオになり、音もよく録音も容易くて随分と便利ではある。(バルトーク・ラジオなど320kbの配信で、CDを普通に取り込んだ時よりも音がいいくらいだ。)もちろん演奏や歌手の良し悪しはそれぞれだし、平準化したこの時代、そもそも昔に比べればということもあるにはあるが、中継放送恒例の開演5分前の3度吹かれるファンファーレが鳴って、劇場内のどよめきがざわざわと流れてくると、やはりわくわくするもので、これは変わらない。
そんな中、音楽祭開催間もない27日、 かつてのバイロイトの常連、頼りになる名匠Horst Steinの訃報 が流れてきた。80歳ということだったが、 ここ数年静養中ということ以外ほとんど消息を聞かず、 実際は長いこと引退状態であったから、 格別に驚きはしなかったのではあるけれども、ああ、 とうとうかという感慨はあった。そして1度きりではあったが、 直接聴いたBamberger Symphonikerとの来日公演を思い出したのである。
KochからRegerの渋い録音が何枚もリリースされ、 Stein自身の70歳を記念したLiveのBrahms全集(Brahms: Die 4 Sinfonien)な ども丁度出た頃で、Wandの次の「最後の巨匠」 としてもてはやされる日も遠くないのではなどという声もちらほら 聞かれた97年の秋のことである。この時はサントリー・ ホールでのブラームス・ チクルスを軸とした一連の公演だったのだが、 当時私の住んでいた相模原にも足を伸ばしてやって来て、 やはりブラームスの1番をやることになっていたのである。( 他にはメンデルスゾーンの「静かな海と楽しい航海」 とドボルザークのバイオリン協奏曲で、 ソリストは諏訪内晶子であった。)相模大野のグリーン・ ホールは伊勢丹に接してその隣にあり、 音はデッドだが正に我が生活圏内のホールで、 散歩がてら歩いても行けたので私と友人は喜んで出かけることにし たのである。(帰りの田園都市線の混雑を思うとサントリー・ ホールはいつも気が重かった。) その頃既にSteinの体調があまり思わしくないことは風のうわ さで耳にしてもいたが、CDも出ているし、 やっても来るのだからと、その時は特に気にもしていなかった。
KochからRegerの渋い録音が何枚もリリースされ、
さて、当日現れたSteinは意外なほどに小柄で(
休憩中、
あれから早11年である。