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2009/11/03

何もない休日の片付かぬ愚考


"吾輩は猫である"の珍野苦沙弥先生のもとに作中、天道公平と号する人物から一風変わった一通の手紙が届いた。左右が白で真ん中だけが赤い凝った状袋に入った中身は支離滅裂で訳の分からぬものであったが、苦沙味先生は大いに感心し、書き手の非凡なる一大見識あるを信ずるのである。

若し我を以て天地を律すれば一口にして西江の水を吸いつくすべく、若し天地を以て我を律すれば我は即ち陌上の塵のみ。すべからく道へ、天地と我と什麼の交渉かある。 ......始めて海鼠を食ひ出せる人は其胆力に於て敬すべく、始めて河豚を喫せる漢は其勇気に於て重んずべし。海鼠を食へるものは親鸞の再来にして、河豚を喫せるものは日蓮の分身なり。苦沙弥先生の如きに至っては只干瓢の酢味噌を知るのみ。干瓢の酢味噌を食らつて天下の士たるものは、われ未だ之を見ず。
親友も汝を売るべし。父母も汝に私あるべし。愛人も汝を棄つべし。富貴は固より頼みがたかるべし。爵禄は一朝にして失ふべし。汝の頭中に秘蔵する学問には黴が生えるべし。汝何を恃まんとするか。天地の裡に何をたのまんとするか。神?
神は人間の苦しまぎれに捏造せる土偶のみ。人間のせつな糞の凝結せる臭骸のみ。恃むまじきを恃んで安しと云ふ。咄々、酔漢漫りに胡乱の言辞を弄して、蹣跚として墓に向ふ。油尽きて燈自ら滅す。業尽きて何物をか遺す。苦沙弥先生よろしく御茶でも上がれ。......
人を人と思はざれば畏るヽ所なし。人を人と思はざるものが、吾を吾と思はざる世を憤るは如何。権貴栄達の士は人を人と思はざるに於て得たるが如し。只他の吾を吾と思はぬ時に於て怫然として色を作す。任意に色を作し来れ。馬鹿野郎。......
吾の人を人と思ふとき、他の吾を吾と思はぬ時、不平家は発作的に天降る。此発作的活動を名づけて革命といふ。革命は不平家の所為にあらず。権貴栄達の士が好んで産する所なり。朝鮮に人参多し先生何が故に服せざる。
在巣鴨 天道公平 再拝


すっかり感服した苦沙弥先生は、よく尋ねてくる友人迷亭にその話をする。するとその手紙が実はかつての同窓、現在は瘋癲病院の住人、今や立派な狂人である立町老梅君からのものであったことが判明する。立町老梅君は数年前より自大狂を発し、以来収容された先から知り合いの誰彼構わずに同じような手紙を送りつけていたのである。苦沙弥先生はと言えば、狂者の言にさほどに感心したからには自分も立派な棒組かと自分の神経の加減を疑い、あれこれ考えた挙句、結局

「何が何だか分らなくなつた。」

と簡潔明瞭な何等の結論に達することなく、茫漠として行方の定まらぬままにその思考は停止するのである。

軽重、悲喜を問わず漱石の作品では「片付かぬ」ことが多い。

"道草"の健三は最後、金を無心に来る養父島田の件を証文を取ったから片付いたと安心する細君に向かって答えている。
「安心するかね」
「えゝ安心よ。すつかり片付いちやつたんですもの」
「まだ中々片付きやしないよ」
「何うして」
「片付いたのは上部丈ぢやないか。だから御前は形式張つた女だといふんだ」
細君の顔には不審と反抗の色が見えた。
「ぢや何うすれば本当に片付くんです」
「世の中に片付くなんてものは殆んどありやしない。一遍起つた事は何時迄も続くのさ。たゞ色々な形に変るから他にも自分にも解らなくなる丈の事さ」
健三の口調は吐き出す様に苦々しかつた。


この「片付かぬ感覚」とでも云うべき基調は、文明開化に沸く煌々と照らされた表の背後で、相変わらずランプの明かりも届かず薄暗いままの和室の書斎を思わせる。この仄暗さ、陰影、闇と影が付きまとう感覚は当時の知識人にとっても逃れがたいものだったのではないかと推測する。漱石時代の「現代日本」の光と影、明暗の裏の仄暗さや闇ばかりではない。文字通りガス灯とランプ、幾分かの電灯の時代、日が暮れれば家の中、路地裏、何処彼処と実際に闇と影が溢れていたに違いなく、夜が明けて日中明るいといっても障子越しの仄明るさなのである。何とも片付かない感覚と何とも仄暗い感覚を形作ったいくつかの要因のうちには、この物理的な暗さの影響も少なくなかろうと思われる。ならば当然この感覚も一人漱石に限られたことでもないと思い当たる。好むところから挙げれば、その門下である内田百閒にも、更に時代を下れば向田邦子にも、また系統は変わるが江戸川乱歩などにも共通して感じられるところだ。内田百閒の特に戦前までの作品を読むと子供時代に感じた恐ろしくも懐かしい、黒々とした闇の感覚に包まれる。そして、幸か不幸かその片付かぬ感覚に親和性を覚えるのが、煮え切らぬ男で定評のある私である。


煮え切らぬ男思へらく、

本でも音楽でも、または絵画でも映画でも、或いは食べ物や飲み物、さては考え方や振る舞いでも、何であれ自ずからして好む物は少なくないが、かといって多いというほどでもない。ただ時々、それらがもたらす感動と共感の源は一体那辺にあるものかと、ふと気にかかることがある。一体それの何が、全体我々の何を、果たしてどのように刺激して、そのものを好んだり嫌ったり、果ては愛したり憎んだりさせるに至るものなのであろうか。

或る友人の医師である祖父は精神科医になった孫に対して「おぅY之、そりゃ神経だよ」と言っていたそうだ。別な友人のクールな従兄弟は「そんなものは単なる習慣に過ぎない」と言っていたらしい。私の飲み仲間の一人は、飲みながら「定めだ」と言っていたが、別の一人は「何くだらないこと言ってんだ」と言っていた。確かに原因は脳かもしれなかったし、蓄積した経験の結果に過ぎないのかもしれなかった。運命であるかもしれなかったし、或いはもっと有意義なことを考えた方がそもそもいいのかもしれなかった。

学生時代、好きな物と嫌いな物を悉く列挙して吟味してみれば、その人間についても何らかのことが知れるのではないかと友人同士比べてみたことがあった。山か海か、都市か自然か、精神か肉体か、聖か俗か、夏か冬か、肉か野菜か、ビールか日本酒か、犬か猫か、音楽か絵画か、金髪か黒髪か、粒餡か漉し餡か...etc.etc. 大まかなものから細かなものまで、脈絡があるのかないのか、芋づる式に次々とあらゆるものが掘り出された。結果、確かに何らかのことは知れた。各人の好き嫌いには明確なこだわりもあれば、それなりの特徴や傾向もそこそこ見て取ることもできた。

が、それではそれで結局何が知れたかと言えば、実のところ大したことが知れたわけでもなかったのである。当人が既に知っていることや薄々気がついている程度のことが知れたきりで、ユングが言うところの心理学的類型なるもの(Psychologische Typen)が何ほどか確認されただけなのであった。そして、心理学的類型がいかほどか知れたところで、
つまり、
内向型(introvertiert)か
外向型(extravertiert)か、
①思考(Denken)
②感情(Fühlen)
③直観(Intuition)
④感覚(Empfindung)
の4つの基本機能の内のどれが優勢で、どれが劣等で、どれが補助的に働いているのか、その各人のタイプがおおよそ知れたところで、

それはたかだかそれであった。それでそのまま個性化(Individuation)のプロセスをたどり、有り得べき自己実現(Selbstverwirklichung)がスルスルと叶えられるわけでもなく、結局、単に血液型性格診断程度にしか役には立たなかったのである。「汝自身を知れ(gnothi seauton)」というデルポイの神託に掲げられていた問題は、相変わらず解ける気配もなかったのである。

つまるところ、その時「何が何だか分らなくなつた」ことは、悲しいかな、今も「何が何だか分らない」ままなのである。

文化の日であるが、苦沙弥先生よろしく懐手をするか昼寝をする他ない休日である。

2009/01/24

Buddenbrook翁のつぶやき3

„Der Mönch am Meer"(von Caspar David Friedrich)

再び承前
さて、どうすればいいのか。とどのつまり、認識のどんづまりへと立ち至るわけである。その点においては、
老Johann Buddenbrookであれ、
「奇妙だ…奇妙だ」
"Kurios! Kurios!"

Faustであれ、
「さて、とっくりとわかったのが、人間、何も知ることができぬということだとは。思えば胸が張り裂けそうだ。」
"Und sehe, daß wir nichts wissen können!
Das will mir schier das Herz verbrennen."

名だたるRomantikerたちであれ、

「純粋に生じたものは謎だ。また
 歌にもこれを解き明かすことは許されない。」
"Ein Rätsel ist Reinentsprungenes. Auch
  Der Gesang kaum darf es enthüllen." (Hölderlin)


「芸術は自然と人間との間の媒体として現れる。本源的な模範はあまりにも壮大で、またあまりにも崇高なので捉えることができない。人間の業であるその模写こそは力弱き者にいっそう身近なものである。」 (C. D. Friedrich
何ら変わるところがないように思われる。つまり、行き着いた到達地点から先は結局分からずじまいなのだ。しかも、その限界地点にはあまりにも早く到達してしまうのである。人により鋭鈍の差こそあれ五感という感覚器官の制約があり、第六感は不確かであり、それらを超える認識器官はいまだ持ち合わせておらず、言語だとてどこまで当てにできるものか。
 「私の言語の限界が、私の世界の限界だ。...語りえぬものについては、沈黙せねばならない。」
"Die Grenzen meiner Sprache bedeuten die Grenzen meiner Welt. ...Wovon man nicht sprechen kann, darüber muß man schweigen." (Wittgenstein)
21世紀初頭の我々にしたところで、宇宙や原子、脳や遺伝子その他諸々についてかつて考えられなかったほどの知識を得たはずだが、一寸先の未来すら見通せず(見通せると称する人もいるが)、生と死の意味を知らない(知っていると称する人もいるが)。「そもそもそれは何なのか?」という根本的な問についての解答力となると、いっこうに上がっているようには見えないのである。ものの「仕組み」や「成り立ち」、「現象」についての理解がいくら増しても、その「正体」、その「意味」となると、我々が持っているのは多種多様なただの「解釈」であって、絶対の「認識」では全然ないのである。

それにしても、どんづまりにとどまっているというのは決して愉快な状態ではない。有限の人間であれば、その知覚や認識力を越えた「不可知」なものに対する「不可解」という状況は、その始まりの時から当然の運命であったろうけれど、それを何とかしたいというのも当然の欲求であったろう。そのものの正体や本当の意味を知り得ないという絶対の認識の不可能性を前にして、別に気にならないという立場もあるが、気になる場合には、はて我々の取り得る態度は大まかに4通りほどあるだろうか。

1.宗教。
2.と3.の要素を持つ場合もあるが、おおむねなじみの態度だ。祈りや観想、修行の先に神の国や悟りの世界が開けるかもしれない。現代では最早主流ではありえないにしても、人間の在りようとして本来の正統派といえば実はこれであろう。盲信や狂信でなければ、これはこれで十分納得がいく態度だ。
2.認識の限界内で有限な存在である人間としての最善を尽くすとともに、その分を守る。
2.は堅実で実際的な態度だ。限界内で最善を尽くすというのは立派な態度であろう。そもそも限界内の事柄であれ全てを知り得ることは不可能なわけだから、限界外のことに先走って手を伸ばすというのはこらえ性のないことでもある。
Kantは人間の知性が主権を持つ現象世界と、科学的探究を免れる実体の世界との間に越えることのできない境界を設定した上で、現象世界の確定自体が終わりのない旅であることを(意外にも詩的に)語っている。彼の言葉を読むと哲学が立派な男の仕事であることが感じられる。
「我々はただ単に、純粋な悟性の国を遍歴し、入念にその各部分を考察したというにとどまらない。測量もし、おのおのの事物がそこに占めるべき場所の決定もしたのである。しかしこの国はひとつの島であり、しかも他ならぬ自然がそれを不変の境界の中に閉じ込めてしまった。それが"真理"の国なのだ(何という魅力的 な言葉か)。それは仮象の場である広大な荒々しい大洋に囲まれている。…この新しい国は、そこに心を奪われた熱狂の旅人を絶えず失望させながら、彼を冒険に誘う。旅人はもはや決してこの冒険から離れられず、しかも決してその冒険を成し遂げることもできずに。」
3.認識の限界の突破を試みる。
ロマン派は失敗したわけだが、古代から現在まで脈々とこの伝統は途切れることなく続いていることであろう。秘教や神秘主義である。彼が説くようにして真に超感覚的世界の認識の獲得が有り得るのであれば、Rudolf Steinerは1つの希望だが。
4.背後の意味を否定する。
Nietzscheだ。
「どうすればいいのか」という観点から 4つに1つを選択するとすれば、どうであろうか。成熟した人間ならば2.であろう。いまだ夢想家である私は3.であろうか。

Buddenbrook翁のつぶやきから、思いがけず気になったのは以上のようなことである。


s.Buddenbrook翁のつぶやき1(2009/01/18)

2009/01/20

Buddenbrook翁のつぶやき2

承前
つまるところ、ロマン派が求めたのも我らが認識の拡大なのであろう。認識を拡大、深化させ、まだ解き明かされていないこの世界の真実の意味を探り出して、世界と人間を内面的に再構築してしまおうという壮大な夢想である。ロマン主義の思索家たちは、予感はされるものの通常の意味では認識されることのない” 天上の事物 ”をどこまでもつかもうと欲して、あれこれと(にぎやかに)試みている。

       Der Morgen" (von Philipp Otto Runge)

酸いも甘いもかみ分けたGoetheは、事物の認識に当たって、「測深鉛(Sonde)で測定しながら手に入れうるものを探究し、測定不可能なものは静けさをもって敬う」という立場にあえてとどまったのであったけれども、一方の彼らは測定不可能なものの世界を前にして立ち止まるつもりはさらさらなかった。彼らはその探究を試み、そのためには理性(Vernunft)は十分なものではなくなっていた。彼らは理性を謂わば何でもありのファンタジー (Fantasie)と入れ替えたのである。当然、そこにあるのは、Wackenroderにおけるような静かな感激に満ちた、秘めやかな夢想ばかりではない。ディオニュソス的な熱狂あり、狂信的神秘的な陶酔あり、熱に浮かされたたわごと、うわごとあり、自己顕示や自我インフレーションがあり、玉石混交、さながら子供のおもちゃ箱、がらくた箱である。

 ロマン派中のロマン派、生粋のロマン主義者Novalisは本物だろう。そこには一種精妙な霊気が漂っているかのようである。彼には会ってみたい。シュレーゲル兄弟(August Wilhelm Schlegel, Friedrich Schlegel)は実際に会ったら、おそらく鼻持ちならないだろうと想像する。

そこには本物もバッタもんもいっしょくたに詰め込まれているようで、たんなる思いつきや画餅以上のものではないものもしばしば目に付くのだが、それでも我々の認識能力を質的に転換し、認識領域の拡大と深化を図るための種々の装置が色々と考案されている。
  • 「ロマン的イロニー」("Romantische Ironie") しかり、
  • 「先験的ポエジー」("Transzendentale Poesie") しかり、
  • 「魔術的観念論」("Magischer Idealismus") しかり、
  • 「詩的省察」("Poetische Reflexion") しかり、
  • 「無限感覚」("Sinn des Grenzlosen") しかり、
  • 神話(Mythologie)、夢(Traum)、ポエジー(Poesie)、ファンタジー(Fantasie)、アラベスク(Arabeske)、メルヒェン(Märchen) しかりである。
Novalisは言う。

「ポエジーの感覚は神秘主義に対する感覚と多くのものを共有している。その感覚は未知のもの、神秘なもの、啓示さるべきものに対する感覚である。…それは描写不可能なものを描写する。それは不可視のものを見、感受しがたいものを感ずる。」


なるほど。だがしかしである。彼らは新しい精神の認識器官を想定したわけだが(それが発達すればそれまで認識不能だったものも当たり前に感受できる)、実際にそれを発達させ、通常の五感で事物を感じるのと同じ確かさで、捉えがたきものを明瞭に知覚することのできた者は、はたしてどれほどいたのかということである。それはロマン派のたどった運命を見れば自ずから明らかであろうか。ムーブメントとしてのそれはGoetheの生前に自壊しているのである。

実は昔から、(恥ずかしながら)その憧憬(Sehnsucht)の心情を共有している気がして、ドイツ・ロマン派には少なからず共鳴、共感するところがあったのだが、それ故にその限界も、残念ながら認めぬわけにはいかぬのである。彼らは謂わば門前の小僧に過ぎなかった。向こうの世界のことを声高に語るが、門の隙間からちらりと中を覗いた、或いは覗いた気になっているだけの場合が多いようである。実際に門の中に入って、向こう側を存分に検分し、実際に生きた者はいるのか。生粋のロマン的魂Novalisや控えめなWackenroder、朗らかなEichendorfには感心するが、Friedrich Schlegelの大袈裟な口吻を聞いていると(お前は本当に分かっていっているのか?)、しばしばうんざりさせられるのである。

彼らの認識は文字通り夢のように儚く、それを名づけるならば、あくまでも「予感」、よくても「直観」に過ぎなかった。 それで「分かった」とはさすがに言えまい。

というわけで、依然として「問」は残っているのである。書斎のFaustは当然(一體此世界を奥の奥で統べてゐるのは何か?)、Buddenbrook翁のつぶやきも(奇妙だ...奇妙だ...)、これではまだ治まる気配はない。では、どうすればいいのか。

につづく


s.Buddenbrook翁のつぶやき1(2009/01/18)

2009/01/18

Buddenbrook翁のつぶやき1

どのページを開いても楽しく読める作品というものがある。彫琢された部分部分はどこも見事で、細部まで的確な描写が嬉しくなってくるのである。私にとっては、例えばThomas Mannの『ブッデンブローク家の人々- ある家族の没落』 (”Buddenbrooks - Verfall einer Familie”)もそんな作品の1つだ。このクリスマスに、改めて制作された映画 (『ブッテンブローク家の人々』の映画化は2度目か)がドイツで一斉に公開されたというニュース を耳にして、「おお、そう言えばそうだった!」と久々に我が愛読書を思い出し、微かに積もった埃を「フーッ」と吹き飛ばしてみたのである。(埃の積もった愛読書というのもどうかと思うが、愛読書にも人生のその時々における持ち回りというものがあるだろう。)

さて、そうして適当に開けたページを気の向くまま楽しく読んでみたわけだったが、それは丁度、老ブッテンブローク最期の場面(第2部の第4章)であった。作品的には、その死をもってヨハン・ブッテンブローク商会の良き栄光の時は満ちて、いよいよ長い没落の季節の端緒が開かれたのであったが、それ自体としても些か気になるところがないわけではなかった。それは、長年の連れ合いを亡くしわずか2ヶ月を置いて自身も逝くことになったブッテンブローク翁の何度も繰り返されるつぶやきである。死の床にある夫人を看取り、更にそれからお迎えが来るまでの2ヶ月間、老人は事あるごとに「奇妙だ…奇妙だ…」 Kurios! Kurios! とつぶやき続けるのである。快活で精力的な実際家、現世に自足した世俗の人が、伴侶の死というものをきっかけに実人生から奇妙に切り離されて、突如としてとらえどころのない「生の根源的な不可解さ」の前に投げ出されるのである。


どこまで分かれば真に分かったと言い得るのか、或いは分かることはないのか、それがずっと気になっていた。今でも気になっている。昔「曰く不可解」と書き残して華厳の滝に飛び込んだ旧制一高生がいたが、私も(飛び込むつもりはないが)「不可解」とつぶやくことが少なくないのだ。その頻度は減ることなく(寧ろ増しているほどで)、今や「奇妙だ…奇妙だ…」とつぶやき続けた老ブッテンブローク並みである。


19世紀的実証主義の実際家として現世に自足してきたブッテンブローク翁だが、実際家故に理解不能なものを前にしてなすすべがなかったものであろうか。運命の傾斜と没落の予感、どこから来てどこに行くのか知らず、定かならぬ我らが生と死、諸行無常の不条理を前にして突如として根源的な「不可解」の念にとらわれてしまったのであろうか。だが、私がここで問題にしたいのは、自らが信じ、拠って立つ人生の基盤が、伴侶の死という1つの不条理体験をきっかけにぐらついてしまい云々という月並みな原因の分析ではない。そうではなく、老人が陥って結局逃れることのかなわなかった「根源的な不可解さ」そのものの方なのだ。周囲を見渡して、この世界を解すべからざるものであると感じる感覚、それに伴う感情、解すべからずという認識から来る諦観、そしてそこからの跳躍と脱却、或いは解放と解決、或いは強行突破である。




「この世界の奥の奥で全てを統べている力を知りたい」と望んだのがGoetheFaustである。しかし、初めにFaust自身が嘆き絶望していたように、通常の学問をいくら修めたところで願いはかなわず、それではとすがった魔術によっても究極の認識には至ることがなかった。

はてさて、己は哲學も
法學も医學も
あらずもがなの神學も
熱心に勉強して、底の底まで研究した。
さうしてこゝにかうしてゐる。氣の毒な、馬鹿な己だな。
その癖なんにもしなかつた昔より、ちつともえらくなつてはゐない。
マギステルでござるの、ドクトルでござるのと學位倒れで、
もう彼此十年が間、
弔り上げたり、引き卸したり、竪横十文字に、
學生どもの鼻柱を撮んで引き廻している。
そして己達には何も知れるものではないと、己は見てゐるのだ。
それを思へば、殆ど此胸が焦げさうだ。 
Habe nun, ach! Philosophie,
Juristerey und Medicin,
Und leider auch Theologie!
Durchaus studirt, mit heißem Bemühn.
Da steh’ ich nun, ich armer Thor!
Und bin so klug als wie zuvor;
Heiße Magister, heiße Doctor gar,
Und ziehe schon an die zehen Jahr,
Herauf, herab und quer und krumm,
Meine Schüler an der Nase herum –
Und sehe, daß wir nichts wissen können!
Das will mir schier das Herz verbrennen.
無論、その後Faustは知っての通り、むなしい思弁的な認識ではなく、善も悪も迷いも過ちもひっくるめた人間的な懸命なる行為と建設的な活動の中に望んだもののもうひとつ別の(偉大で真実なる)を見出すわけだが、彼のパトスは行為者Faustの中に昇華し解消しても、認識者Faustが知りたいと望んだ問そのものは相変わらず残っているのである。

  世界の奥の奥で全てを統べているものは何か?
一體此世界を奥の奥で統べてゐるのは何か。
それが知りたい。そこで働いてゐる一切の力、一切の種子は何か。
それが見たい。それを知つて、それを見たら、
無用の舌を弄せないでも濟まうと思つたのだ。 
Daß ich erkenne, was die Welt
Im Innersten zusammenhält,
Schau’ alle Wirkenskraft und Samen,
Und thu’ nicht mehr in Worten kramen.
  生とは、また死とは何か?

  人間とは?

  樹木や星々、光や風、自然界が描く諸々の象形文字とは結局何であるのか?

我々はそれらの解を無数に知っていると同時に何も知らないのである。



この点、私は初期のロマン主義者、Ludwig Tieckの盟友、独創的なWilhelm Heinrich Wackenroderに共感を覚える。この芸術宗教の開祖とも言える夭逝の夢想家は、わずかな著作中の主著といえる芸術評論集『芸術を愛好する一修道士の心情吐露』 (”Herzensergießungen eines kunstliebenden Klosterbruders ”)の中のテクスト「2つの不思議な言語とその神秘的な力について」(”Von zwei wunderbaren Sprachen und deren geheimnisvoller Kraft ”)においておおよそ次のようなことを述べている。
造物主は、地上の事物に名を与え、それを所有することを人間に許してくれた。そうかといって"人間の頭上に舞う目に見えぬもの"を人間界に引き下ろす力まで与えてくれたわけではない。しかし、人間は、自然の言語と芸術の言語という神の2つの贈物によって"天上の事物"を理解出来てもよいだろう。ところが、実を言えば、これら2つの不思議な言語のうち前者は神によってしか話されることはないのであって、揺れる樹木や雷、渓谷や河、草原や岩場といったものを賛美するにしても、それが何であるかは我々には分からない。それゆえ、真理のこれら真正な証人に対して我々に出来るのは、ただ謙虚に崇拝することよりほかないのである。
ロマン派の中でも慎ましくも誠実なWackenroderらしい立派な見識ではないか。合掌し崇拝するというのも1つの解には違いない。だが、依然として問そのものは残っているのだ。

につづく