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2011/09/19

仙台オクトーバーフェスト2011

昨日と違い、本日は雨模様である。

まだガランとしている。

敬老の日に仙台オクトーバーフェストに来ている。雨模様の中、11時のオープンを待ち構えて入り、今年はここにしようとSpatenの店に近い席に陣取った。早速香り高いSpatenのFranziskanerのヴァイスを、アイスバインとザウアークラウトを肴に飲んでいる。



さすがに開いたばかりで、まだ混んではいない。ステージは12:30からであるから、始まるのを待っている次第だ。ドイツで活躍するヨーデルの日本人とドイツの3人組が賑やかにやる予定である。スピーカーからは今も愉快な音楽と歌が流れているが、やはり生がよかろう。ちょうど今は前説の女の子がフェスト全体の案内をしているところだ。仙台オクトーバーフェストも今年が6年目になるのだそうだ。


天気は悪いが、正面席にはそれなりに人が集まってきた。この調子でいけばステージが始まる頃には、かなり混んできそうだ。そうなれば今のようにテーブルを独り占めともいくまいか。

さて、ビールはうまいが、毎度我ながら情けなく思うのが、初めの一杯からしばらくの間は我が顔がかなり朱くなってしまうことだ。飲んで落ち着けばそれからは顔色も元に戻るのだが、それまではみっともない赤ら顔を晒すことになるのが気に食わないのである。残念ながら私はアルコール分解酵素を一つしか持っていないのだろう。これは、如何ともし難いことだが、非常に悔やまれるところである。顔色が変わらなければ、誰はばかることなく何杯でも飲むことができように。

なぜ午前一番に来たのかと言えば、三越で買い物があったからである。先日から北海道物産展をやっていて、そこの日替わりセールの小豆を頼まれていた。それが数量限定なものだから早く出て、その足でそのまま回って来たというわけである。北海道物産展は開店からずいぶん混んでいた。小豆の他に家への土産も何点か買った。一人でうまいビールを飲むだけで、家に何もなければ、帰ってから非難を免れない。

テントは大きく、雨は関係ないが、テントだけに風は吹き抜けである。自転車で来て半ズボンなものだから、少々足元が寒い。台風が来ているせいだろう、雨で冷えた風が吹き込んでくる。昨日と打って変わって涼しいを通り越し、いささか寒いのである。これは長ズボンで来るべきであったか。

そろそろステージが始まる。

Takeo Ishii & Drei Winkler
始まった。石井健夫氏の挨拶、メンバーの紹介、そしてヨーデルだ!

彼らは被災地だからこそ来た。放射能を恐れて来日を拒否したミュンヒェンオペラの連中とは大違いだ。

有難いことだ。

乾杯用に2杯目を用意したSpatenのOktoberfestbierとプレッツェル

石井氏は客席に降りて盛り上げる。

手拍子がひとりでに始まる。

ヨーデルらしく後半はものすごい追い込みをかけていく。

Ein! Zwei! Drei! gsuf-fa! Prost!
堪能した。どうもありがとう!

2011/04/15

東日本大震災から一月余り

3月11日の14時46分に起きた大地震は、およそ「宮城県沖地震の危険」などと言って恐れていた程度をはるかに越える物凄いものであった。東日本全体に及ぶ被害は極めて甚大で、海に近い地域では文字通り壊滅・消滅してしまった町々もある。大地震とそれに伴う大津波の犠牲者は2万8千人を超えようとしている。未だ余震は収まらず、福島の原発事故も収束の見通しが立っているとはとても言えない。4月7日にはM7.1の大余震が新たな被害をもたらし、復旧作業は何日も後戻りしてしまった。余震についてはまだ数年間、厳重に警戒し続ける必要があるのだという。今後半年から数年の間にM8クラスの巨大余震がいつどこで起きても全くおかしくないことが研究者らによって指摘されている。家族も私も幸い今回は助かった。だが、次回も無事であるとは当然限らないのだ。2万8千人程にも及ぶ犠牲者を見れば、実に助かるかどうか、生死の境目は全くの偶然に過ぎないのだと悟らざる得ない。彼らの代わりに私が死んでいても何らおかしくはなかったのである。

震災から一月余り、昨日(4月14日)漸く我が家でもガスが通った。地震の直後に途切れた3つのライフラインは、電気が通るまで3日、水が通るまで1週間、ガスは3月末日という当初の予定が延びていたところに7日の大余震で更に遅れたのである。

今回の地震は震災前に漠然と考えていたものとはまるで違っていた。何とも甘いことに私は、せいぜいM7級の1978年程度の地震がやって来て、その時のように1週間か10日の不便を忍べば何とかなろうかと高をくくっていたのである。心配と言えば、阪神大震災の時のような直下型の地震が来て建物の被害が大きくなることであったが、それもなるようになるさと特に備えてもいなかった。ところが実際に来たのはM9という桁違いの巨大地震であり大津波であった。数百キロに渡ってプレートが破壊され、被害地は東北から関東一円、つまり東日本全域に及ぶ。

その日私は家にいたのだったが、数分間にも及ぶ、まるで掘削工事の現場に居合わせたかのような強烈な揺れは、およそ尋常なものではなかった。揺れの程度は前回1978年の宮城県沖とさして変わらぬようにも、或いはその時の方が周期の短い激しい揺れだったように思われたものの、その長さが全く尋常でなかったのである。一向に止まないものだから、揺れの中で周りを見て思案するゆとりが出てきたほどであった。家の者はリビングの大テーブルでひたすら身を支えており、私は書斎の机に半分乗り上がって、二つの書棚とパソコンを倒してはならじと押さえ続けた。振動のためにパソコンは見ている間に台上を移動し、端からずり落ちそうになる。その度に中央に引きずり戻した。隣の部屋ではスピーカーは言わずもがな、重ねていたラックも、その上のアナログプレーヤーも、その中のオーディオ装置もガラガラ、バタバタと倒れ、飛び出していく。台所では棚という棚から遠慮会釈なく食器類が床に落ちて割れているようだった。無論それが分かっても何が出来るわけでもない。人は無事、建物も無事だったが、家の中の物は、倒れる物は倒れ、割れる物は割れて部分的に大きな被害があった。

震災当日は無論のこと、翌日、翌々日と電気が通った14日の昼まではそもそも何が起こったのか詳しいことはほとんど分からなかった。揺れの収まった町内は、見渡してみれば一見妙に平穏で、そこだけ取り出してみれば長閑な週末の午後と変わらぬようにも思われたが、各家々の内部では瀬戸物やグラスが割れ放題に割れ、書棚の本はことごとく飛び出していたのだ。揺れ始めてすぐに電気は停まっていたのでTVで地震情報を知ることは出来ず、パソコンは強制終了しており、生憎ラジオの電池は切れていた。無論電話も通じるものではない。どこで何が起こったのか知りたかったが、それよりも目の前に片付けねばならない物があり、割れ食器の山があった。暗くなる前に先ずは台所の始末をつけることが先決であった。かくて、隣近所でお互いの無事を確認した後は、各家々取り敢えず夜を迎えられるように、頻繁にくる余震の中、我々は片付けに取り掛かったのである。救急車両のサイレンが鳴り渡り、ヘリコプターの爆音が空に満ちて、いよいよ市中が騒然となったのは間もなくであった。

2010/10/07

試したビールにがっかりした話


こちらに戻ってきてからは、昔と違って、ほとんどビールもワインも飲まないのだが、先日10日ばかり開かれていた仙台オクトーバーフェストでHofbräuhausの旨いビールを久しぶりに飲んで、ここ数年の間に随分増えていた国産プレミアムビールをふと試してみる気になったのである。

神奈川にいた時分は、流通し始めた地ビールはさておき、大手メーカーのまともなビールと言えばヱビスかモルツ、ブラウマイスターやビール職人、ハートランド程度しかなかった。比較的ヱビスを好んできたが、基本的には上面発酵の豊かで複雑な香りと味わいを愛する者としてはどれもこれも物足りないものであった、というより求めるところのものがそもそも違っていたのだろう。時折びっくりドンキーの自家醸造ビールや七沢森林公園そばにあったイタリアンのセルバジーナさがみビールを飲んで溜飲を下げるほかなかったのである。麦芽、ホップ、水、酵母のみで副原料を一切認めないビール純粋令を信奉しているので、世に出回っている米やコーンスターチの入った変に臭いものは気に入るはずもなかったし、ましてや酒税法の間隙を縫って無理にこしらえたビールもどきなどは端からインチキ以外の何物にも思われなかったものだから、大っぴらに軽蔑していた。(今もしている。)だから当時は、一人で飲む分には出来うる限りまともな地ビールを買うようにしていたのだ。少々価格の高いのが玉に傷だが、中には"よなよなエール"のように手頃なものもあった。

というような偏屈な経緯を経て今回試しに飲んでみてがっかりしたのが、アサヒの2009年のアメリカのビールコンテストで金賞受賞というアサヒ ザ・マスターである。缶の色からして、そしてヱビス黒の隣にあったこともあり、てっきりdunkel系のビールかと思って求めた時点で既に半ば間違っていたのである。上面発酵の複雑な香味を求められない以上、その代わりにローストの香味を味わうつもりでいたわけだったからだ。それでガッカリしたところから始まったのも良くなかったのだが、気を取り直して飲んでも、それを引っくり返すだけの妙味を感じることはできなかった。アサヒにしてはしっかりした味わいだし、スーパードライなどとはまるで違う落ち着いた完成度だが、どうも残り香が良い具合でない。まあ、普通なのだが、フーッと軽やかにも豊かに鼻を抜ける、花や果実の華やかさが鼻孔をくすぐる芳香を求めていた私にとっては何とも期待とかけ離れたモノクロームの世界であった。発酵の仕組みが違う以上、そんな芳香を求めるのは初めから筋違いなのだが、だからこそ黒ビールを選んだつもりでいたのだ。ところが間違えた。間違えて行き着いた先がアサヒ製のレーヴェンブロイを少しだけ重くして、ホップと酵母の苦味から爽やかさを取ったような、やや鈍なドイツ風ピルスナーであった。

びっくりドンキーは家の近くにもある。そこからビールだけ買ってくることができれば、少しは私の渇きも癒されるだろうか。無論、持ち帰りビールはない。かえすがえすも残念なことである。先日の旨いビールが仇になったというべきか。

2010/09/25

秋となる

ようやく秋めいてきた思っていたら、夕べは寒くて目を覚ました。これまでのように毛布一枚では足りなかったのである。金曜日には、そういう種類なのであろうか、ずいぶん早いと思うのだが、既に色づいて紅く染まった葉を歩道に落としている街路の植込みもあった。よく見掛ける種だが名前は知らない。いよいよ実質的な秋になったということか。

秋分を越して、何れにせよコーヒーの旨い季節となったのは良い。そしてそれはコーヒーの友についてもまた同様である。

先日来、人が来るというのでバーニャまで買いに行ったチーズケーキのついでに、つい一緒に買い求めたアップルパイ(ガレット・ポムだったか)が妙に口に合うものだから、昨日もつい立ち寄ってしまった。薄くスライスした林檎が、層を作らぬタイプのパイ生地の上一面に並べられそのまま焼かれただけの素朴なやつで、直径およそ15センチ、510円という手頃さも魅力の定番の一つである。同じようなものでタルトになっている少し立派なやつもあるが、そちらではない。昔から私は、あのバターをたっぷり含んだホームメイドタイプのシットリしたようなポキボキしたような重めのパイ生地が好きで、特に一日おいてバター分が全体に染み込んでねっとりと馴染んだ、少し透明感の出た頃合いを愛好しているからである。お気に入りの生地に加え、旬を迎えつつあるリンゴをそのままに味わうことができるという点で今時分のコーヒータイムにはぴったりと馴染む。変にいじらぬ飾り気のないストレートさが貴重である。

昔から春と秋どちらが勝るかという議論がある。コーヒーの旨さでは秋に軍配が上がる。


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2010/09/04

エリートたる者は




番組で高校生の全国高等学校クイズ選手権の模様を観たが、優勝した開成を始め準優勝の浦和にしてもどこにしても、上位進出した一流進学校の実力の程はなかなかに大したものであった。没落の坂を下り始めているこの日本で、それに抗う力になることができるかどうかはさておいても、彼らのような者たちが将来この国の第一線で活躍する日も遠くはあるまい。確か一昨年も見た記憶があり、その時も大いに感心したことを思い出したのだったが、そこにはエリートたる者に共通する一つの特性も見えたのである。

クイズ的な雑学知識や解答技術は当然だが、決勝に残るような者たちは皆、そもそも良く勉強している。基礎から応用まで、文系、理系、教科、分野を問わずそれぞれ実際に使うことの出来る知識となっているところが見事だった。多くの者が東大、京大を当たり前に志望しているが、受験勉強自体に苦労している様子はさらさらない。彼らには受験も普通の試験と同じ通過点に過ぎないようなのだ。

つまり、彼らにとっては勉強も知識も当然目的なんぞではなく、実に単なる手段だということである。一流アスリートが自身を鍛えるのはそれが目的なのではない。その先の勝負が問題なのである。それと同様、彼らも自分を良く鍛えているが、それは既にその先を見据えているからである。そして自分を鍛える点において何の躊躇いもない。これこそエリートたる者の特長でもあれば要件でもあろう。目的達成のための手段において苦労しないのである。演奏家は楽器が自由に弾けて当たり前、その上でどう解釈し何を表現するかが問題なのである。作家ならば言葉を自由に操れるのは当たり前、その上で何をどう表現するかである。楽器が弾けてよかったとか、言葉をマスター出来て嬉しいとかではないのだ。それらはただの前提に過ぎない。彼らにとって重要なのは常に知識や技能のマスターの先にあるものであって、途中で引っ掛かっていることなぞはあり得ないことであろう。仮に彼らが外交官となって各任地に赴任したら、その都度その先々でどんな言語でも選り好みせずマスターしてしまうことであろう。

そのような者が世の中にはいるのであり、一流進学校にはそんな者が毎年集まって互いに切磋琢磨を繰り返しているのである。その中で更に一流の者と超一流の者とが分かれてくるものでもあろう。さて、それにしても将来のエリートたる者の自分を鍛える点において一切容赦のない姿勢、これは遺伝なのか、才能なのか、果たして環境によるのか、教育によるのか、ひたすら個人的な資質によるものなのか。低徊趣味の私のように手段を獲得する段階で四苦八苦している者がいる一方、もう一方では先の目的のみ見据えてひたすら前に進んでいく者たちが少数ながら存在する。この差は如何ともしがたいものだ。開成や麻布に行ったかつての教え子たちは、さて今どのレベルにいるものだろうか。突き抜けた者はいるか。無論エリートは少数ゆえにエリートなのであり、大勢がそうであればもう特別ではなくなってしまうのであるが。

記憶力、理解力、集中力、持続力、やる気といった能力が鍵であろう。当然これらの能力には個人差が大きい。複合すれば、なお差は大きくなろう。「天才とは努力し得る才である」と言ったのは天才Goetheである。目的と手段が一致したところに生まれるのが天才であろうから、目的に邁進するだけの彼らは天才ではなく秀才なのであろうが、それでも「努力し得る」という特性は全く共通しているようだ。それに従えば後の3つが重要だが、前の2つの程度によって結果はまた更に異なってもこよう。エンジンが同じでも機体が違えばその飛行機の性能はかなり異なってくるわけだから。ただ、経験からしても努力し得る才を欠いてはどうにもならぬというのは見やすい道理だ。燃料のないエンジンに価値があろうか。これまで見てきて小利口なだけといった連中でうまくいった者は一人もなかった。そこそこの努力、苦労なしで行ける範囲に留まって、それ以上に進むことがなかったから。確かに「努力し得る」というのも「才」であったのだ。


さて、TVを視てチラホラと考えてしまったが、一つ確かなのは、本物の連中はこんなことは気にしないだろうということと、私がそうするには奇跡が必要だということだ。全く気に喰わぬことである。


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2010/03/28

PCかMacか

2004年の春モデルだったか夏モデルだったか、ほぼ6年が経過して、かつてはそこそこだった私のパソコンも最近ではその非力さが目立つようになってきた。iTunesでCDを取り込むのに時間がかかり、その最中に他の作業をするのがスムーズでないなどというのはそれはそれなのだが、Browser上の作業自体で十分なだけのスムーズさを欠くのはストレスである。例えば、さほど画質の高くもないFlash動画の再生が途切れたりズレたりするのは実に苛立たしい。ページに埋め込まれたYou Tubeの動画やBayerischer Rundfunkのライブがまともに映らなければ、それは読んでいる本のページが破けているのと同じことではないか。動作や作業そのものに難があるのは困るのである。時間はかかってもリッピング自体ちゃんとできるのと再生自体に不備があるのではそもそも話が違うわけだ。

いや、もっと言おう。無論、時間もかからない方がいいのだ。メールやリーダー、マップやドキュメントといった基本的なGoogleサービスも、Google Earthもサクサク動いてこそのものであろう。仮に本を読んでいたとして、或いはノートをとっていたとして、次のページがうまくめくれなければ不便でもあれば不愉快でもあろう。そういうことである。今後ますますBrowser上のサービスが大きく重要度を増していくに違いない中で、それらが十分に速くないのは到底愉快なことではない。一言で言えば、みな当たり前にパッパサッサと動いて欲しいのだ。機械の都合の機械の処理待ち、こちらの作業テンポとの度重なるズレは我々の生産性と気分を損なう。便利であるべき道具に不便を強いられることが癪に触るのだ。

Goethes Arbeitszimmer
Schillers Arbeitszimmer
Fontanes Arbeitszimmer
Th.Manns Arbeitszimmer
つまり、そろそろパソコンを新しくしたいというわけだ。道具を新しくして、快適な書斎環境を整えたいのである。先立つものの心配はさておき、さてここで気になるのがPCかMacかということだ。6年前に右も左も分からず初めてパソコンを買った時とは違って、「道具としてストレスのない快適さ・便利さ」を求めたいという地点に立ち至った現在、選択の観点は自ずからCPUの処理性能やHDの容量とかだけではありえない。こう書くと「道具としての所有欲を満たしてくれるMacか」とかいう話でもしたそうに見えるが、無論そうではない。

気になっているのはGoogleのことだ。インターネット上のサービスでは、私はほぼGoogleに依存している。検索はもとより、メール・連絡先しかり、カレンダー・To doしかり、リーダーも地図もニュースも画像整理もちょっとしたドキュメントもしかりだ。諸作業の拠点となるBrowserも昨年末からはChromeをデフォルトにしている。Skypeやメッセンジャー系のものはほとんど使っていないので今は関係ないが、将来的にはGoogle TalkやVoice、Waveなどといったサービスも積極的に利用するかもしれない。もしものことを考えればリスクを分散した方がいいのかもしれぬ。が、商売や仕事に使っているわけでもなし、考えてみればダメになって本当にどうにもならず困るほどのものも無いと言えば無いのだ。それにWebサービスなら実際のところYahoo!もWindows Liveも使えるようにはしてはいるのである。ただ使い勝手の点で結局のところGoogleばかりに集中してしまった。(Yahoo!の基本的なゴテゴテ感といい、Liveのいつまでも工事現場じみた完成度の低さといい、どちらも気に入るはずもないのだ。)無論、無くなれば同じことをしようとした場合に何事であれかなり不便になる。だから、あった方が断然いいし、それがスムーズに使えれば使えるほどいいというのも言うまでもない。現在のサービスの進化、今後展開されていくであろう新サービスを考えれば、よほど事態や条件の悪化がない限りやはり依存的な利用を続けていくことになるのだろう。
実際に使っていて相対的に一番納得がいくのがGoogleのサービスということなのだが、そればかりではない。そのドン・キホーテ的なミッションには矢張り心踊らされる。
Google's mission is to organize the world's information and make it universally accessible and useful.
それが悉く検索とその商売に関連付けられているとしても、またGoogleが我々の興味や関心,嗜好や消費傾向、インターネット上の行動などを悉く監視しているとしてもだ。古今東西、全世界のありとあらゆる情報を利用可能なものにするという一見眉唾のような話も、それらの知の集積に自由に触れ利用もしてみたいと考える者にとっては素朴にありがたいものだろう。いつの日か権利や稀少性や独占や保護などの障害に関係なく、好きな本や文章に触れ、読みたい論文や貴重な資料が何でも(無料で)利用できるようになって、それらについての只今この時の議論にも関わることができるようになるのであれば単純に嬉しいのだ。全世界の図書館(と場合によっては談話室)を自分の部屋に、或いは机に、その時居る場所に、更にはポケットに持った幸せを味わいたいのである。
だから、Googleに相性がいいのはPCなのかMacなのかということである。勿論OSではなくBrowserの問題であり、所謂クラウドの問題なのではあろうが、そのBrowserの走るOSとしてはどちらがいいのか。Android問題で悪化しているAppleとGoogleの関係、Appleの閉鎖的な文化が高じてiPhoneのGoogle VoiceアプリのようにGoogleサービスを締め出していくような方向に向かっていけば、Mac用Chromeなどがなくなるようなことにならないとも限るまい。携帯と違ってそのようなことはパソコンにはないのであろうか。また、Windowsの方が常に最新のGoogleサービスを使うことができるという形がこれからも続くのであろうか。Chrome OSとその先にはいったい何が待っているのか。これからの1,2年でいろいろな要素や状況が変わってくるのであろうが。

Nexus One
まだある。具体的な購入の話として先になりそうなのが実は携帯なのであるが、この選択も同時に迷わざるをえない。パソコンの選択はMobile端末としてのスマートフォンの選択にも関わってくる。NOKIAが撤退してしまったから、今のN95の後を何にするか思案している。N95を買った時はまだiPhoneはなく、Androidは影も形もなかった。しかし今は両方ある。今年中には出るであろう次期iPhoneに期待をかけるか、4月には早々に出るAndroid携帯にするか。iPhoneならそのままパソコンもMacにしてAppleで揃えてしまうという手もあるだろう。入ってしまえば快適に違いないAppleの生態系内で暮らすのである。確かにAppleは魅力的だ。音に聞くユーザーフレンドリーな使用感、洗練され磨き上げられたデザイン、物としての高い完成度は果たしてどのようなものであろうか。実に心惹かれるものがあるし、まだそれを知らぬということだけでも興味はつのる。だが同時に、やはり音に聞こえるその秘密主義と制限、不自由さについても同じくらい気になるのである。

Appleの世界は謂わばエデンの園のようなものらしい。そこは確かに楽園には違いないが、人間の自由はその狭い楽園内に制限されて人はそこから出ることを許されないかのようである。Appleの使用には信仰告白が必要なのであろうか。人はMacを前にして選択を迫られるかのようだ。蛇の誘惑に乗ることなく幸福なエデンの園にとどまるか、楽園を喪失しても人間としての自由を求めるか。もしかするとJobsは失楽園以前の人間の姿を求め、原罪を負った人間存在の救済を夢見ているのかもしれない。だがしかし、そこは我々人間のことである。即ち、楽園にとどまっていられるわけはないということだ。それが人間の選択というものであろう。

2009/11/07

Giant Seek R2 : 立冬、新ホイールで来る今年3度目の定義山


定義山まで後2km、実はホイールが新しくなっている。

新しいホイールの試走を兼ねて、またまた定義山にやって来たのである。慣らしということもあろうから、今回は55号の山越えルートを取らずにほぼ直通バスと同じ広い道を来てみた。前回来てから早3週間、立冬の紅葉や如何というわけでもあったが、見頃は過ぎてもまだ楽しむことは出来るようである。

舗装し直したばかりの定義に行く道、名残の紅葉。冴え冴えとした鮮やかには欠けるが、まだ大丈夫。


天気が良く、参道は賑わっている。


先ずは御参りを済ます。諸々問題がありそうな頭には念入りに線香の煙を浴びておく。


当然三角油揚げは食す。七味は多めにかける。豆乳も飲む。お土産も買う。

例によって、カフェを兼ねたケーキ屋"Patisserie-Soleil"の外の席に座ってこれを書いている。またも無花果のタルトのケーキセットを頼み、またもコーヒーをおかわりし、またも隣の清水館からはエンドレスに北島三郎が聞こえてくるのである。

今度は食べる前に1枚。その時々色々と盛り付けられるらしい。
前回と異なるのはタルトの無花果が今回は煮たものになっていること(生のほうが好みだがさすがに止むを得ない。生無花果の季節は過ぎたのである)、天気が良く人が多くて隣卓に客がいること、隣り奥の清水館からはサブちゃんの歌声のみならず(心なしかボリュームも高いが)、客寄せの声までが(こんにちはーっ、いらっしゃいませーっ)盛んに聞こえてくることである。今は、タクシーを待つばあさんが私のテーブルの椅子に一言の断りもなく座っている。疲れた脚を休めるのであろう。思いがけぬ相席となった。再び席の選択を誤った気もしないではないが、こんなに天気が好いのだから、やはり席は外であろう。もっとも店の人によると先日寒かった日にはもう雪が降ったのだそうだ。ここに自転車を漕いで来られるのも後わずかであろう。今日は暖かくても(直射は熱いくらいであるが)、やはり冬が来たのである。

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さて、肝心のホイールである。MavicのOpen ProとShimanoのDeore XT M756、Sapimのスポークで手組みを頼んだ新ホイールはなかなかに良いようだ。スプロケットも換えたので新しいギア比にまだ慣れぬが、漕ぎ出しには充実感があり、回転が実に滑らかである。剛性も十分なようであるし、なだらかな下りなどはスピードの乗りが格別である。ここまで上ってきて、帰り道がいよいよ楽しみとなった。


 先日1日に出来て来たばかりのホイールを履いてきた。タイヤはContinentalのGrand Prixである。


無論、帰りにはまたポポロでジェラートを舐めていくのである。

塩釜の藻塩を使っているという塩ソフトが美味い。ジェラートは食感がややガサつくが、味はまずまずである。


2009/11/03

何もない休日の片付かぬ愚考


"吾輩は猫である"の珍野苦沙弥先生のもとに作中、天道公平と号する人物から一風変わった一通の手紙が届いた。左右が白で真ん中だけが赤い凝った状袋に入った中身は支離滅裂で訳の分からぬものであったが、苦沙味先生は大いに感心し、書き手の非凡なる一大見識あるを信ずるのである。

若し我を以て天地を律すれば一口にして西江の水を吸いつくすべく、若し天地を以て我を律すれば我は即ち陌上の塵のみ。すべからく道へ、天地と我と什麼の交渉かある。 ......始めて海鼠を食ひ出せる人は其胆力に於て敬すべく、始めて河豚を喫せる漢は其勇気に於て重んずべし。海鼠を食へるものは親鸞の再来にして、河豚を喫せるものは日蓮の分身なり。苦沙弥先生の如きに至っては只干瓢の酢味噌を知るのみ。干瓢の酢味噌を食らつて天下の士たるものは、われ未だ之を見ず。
親友も汝を売るべし。父母も汝に私あるべし。愛人も汝を棄つべし。富貴は固より頼みがたかるべし。爵禄は一朝にして失ふべし。汝の頭中に秘蔵する学問には黴が生えるべし。汝何を恃まんとするか。天地の裡に何をたのまんとするか。神?
神は人間の苦しまぎれに捏造せる土偶のみ。人間のせつな糞の凝結せる臭骸のみ。恃むまじきを恃んで安しと云ふ。咄々、酔漢漫りに胡乱の言辞を弄して、蹣跚として墓に向ふ。油尽きて燈自ら滅す。業尽きて何物をか遺す。苦沙弥先生よろしく御茶でも上がれ。......
人を人と思はざれば畏るヽ所なし。人を人と思はざるものが、吾を吾と思はざる世を憤るは如何。権貴栄達の士は人を人と思はざるに於て得たるが如し。只他の吾を吾と思はぬ時に於て怫然として色を作す。任意に色を作し来れ。馬鹿野郎。......
吾の人を人と思ふとき、他の吾を吾と思はぬ時、不平家は発作的に天降る。此発作的活動を名づけて革命といふ。革命は不平家の所為にあらず。権貴栄達の士が好んで産する所なり。朝鮮に人参多し先生何が故に服せざる。
在巣鴨 天道公平 再拝


すっかり感服した苦沙弥先生は、よく尋ねてくる友人迷亭にその話をする。するとその手紙が実はかつての同窓、現在は瘋癲病院の住人、今や立派な狂人である立町老梅君からのものであったことが判明する。立町老梅君は数年前より自大狂を発し、以来収容された先から知り合いの誰彼構わずに同じような手紙を送りつけていたのである。苦沙弥先生はと言えば、狂者の言にさほどに感心したからには自分も立派な棒組かと自分の神経の加減を疑い、あれこれ考えた挙句、結局

「何が何だか分らなくなつた。」

と簡潔明瞭な何等の結論に達することなく、茫漠として行方の定まらぬままにその思考は停止するのである。

軽重、悲喜を問わず漱石の作品では「片付かぬ」ことが多い。

"道草"の健三は最後、金を無心に来る養父島田の件を証文を取ったから片付いたと安心する細君に向かって答えている。
「安心するかね」
「えゝ安心よ。すつかり片付いちやつたんですもの」
「まだ中々片付きやしないよ」
「何うして」
「片付いたのは上部丈ぢやないか。だから御前は形式張つた女だといふんだ」
細君の顔には不審と反抗の色が見えた。
「ぢや何うすれば本当に片付くんです」
「世の中に片付くなんてものは殆んどありやしない。一遍起つた事は何時迄も続くのさ。たゞ色々な形に変るから他にも自分にも解らなくなる丈の事さ」
健三の口調は吐き出す様に苦々しかつた。


この「片付かぬ感覚」とでも云うべき基調は、文明開化に沸く煌々と照らされた表の背後で、相変わらずランプの明かりも届かず薄暗いままの和室の書斎を思わせる。この仄暗さ、陰影、闇と影が付きまとう感覚は当時の知識人にとっても逃れがたいものだったのではないかと推測する。漱石時代の「現代日本」の光と影、明暗の裏の仄暗さや闇ばかりではない。文字通りガス灯とランプ、幾分かの電灯の時代、日が暮れれば家の中、路地裏、何処彼処と実際に闇と影が溢れていたに違いなく、夜が明けて日中明るいといっても障子越しの仄明るさなのである。何とも片付かない感覚と何とも仄暗い感覚を形作ったいくつかの要因のうちには、この物理的な暗さの影響も少なくなかろうと思われる。ならば当然この感覚も一人漱石に限られたことでもないと思い当たる。好むところから挙げれば、その門下である内田百閒にも、更に時代を下れば向田邦子にも、また系統は変わるが江戸川乱歩などにも共通して感じられるところだ。内田百閒の特に戦前までの作品を読むと子供時代に感じた恐ろしくも懐かしい、黒々とした闇の感覚に包まれる。そして、幸か不幸かその片付かぬ感覚に親和性を覚えるのが、煮え切らぬ男で定評のある私である。


煮え切らぬ男思へらく、

本でも音楽でも、または絵画でも映画でも、或いは食べ物や飲み物、さては考え方や振る舞いでも、何であれ自ずからして好む物は少なくないが、かといって多いというほどでもない。ただ時々、それらがもたらす感動と共感の源は一体那辺にあるものかと、ふと気にかかることがある。一体それの何が、全体我々の何を、果たしてどのように刺激して、そのものを好んだり嫌ったり、果ては愛したり憎んだりさせるに至るものなのであろうか。

或る友人の医師である祖父は精神科医になった孫に対して「おぅY之、そりゃ神経だよ」と言っていたそうだ。別な友人のクールな従兄弟は「そんなものは単なる習慣に過ぎない」と言っていたらしい。私の飲み仲間の一人は、飲みながら「定めだ」と言っていたが、別の一人は「何くだらないこと言ってんだ」と言っていた。確かに原因は脳かもしれなかったし、蓄積した経験の結果に過ぎないのかもしれなかった。運命であるかもしれなかったし、或いはもっと有意義なことを考えた方がそもそもいいのかもしれなかった。

学生時代、好きな物と嫌いな物を悉く列挙して吟味してみれば、その人間についても何らかのことが知れるのではないかと友人同士比べてみたことがあった。山か海か、都市か自然か、精神か肉体か、聖か俗か、夏か冬か、肉か野菜か、ビールか日本酒か、犬か猫か、音楽か絵画か、金髪か黒髪か、粒餡か漉し餡か...etc.etc. 大まかなものから細かなものまで、脈絡があるのかないのか、芋づる式に次々とあらゆるものが掘り出された。結果、確かに何らかのことは知れた。各人の好き嫌いには明確なこだわりもあれば、それなりの特徴や傾向もそこそこ見て取ることもできた。

が、それではそれで結局何が知れたかと言えば、実のところ大したことが知れたわけでもなかったのである。当人が既に知っていることや薄々気がついている程度のことが知れたきりで、ユングが言うところの心理学的類型なるもの(Psychologische Typen)が何ほどか確認されただけなのであった。そして、心理学的類型がいかほどか知れたところで、
つまり、
内向型(introvertiert)か
外向型(extravertiert)か、
①思考(Denken)
②感情(Fühlen)
③直観(Intuition)
④感覚(Empfindung)
の4つの基本機能の内のどれが優勢で、どれが劣等で、どれが補助的に働いているのか、その各人のタイプがおおよそ知れたところで、

それはたかだかそれであった。それでそのまま個性化(Individuation)のプロセスをたどり、有り得べき自己実現(Selbstverwirklichung)がスルスルと叶えられるわけでもなく、結局、単に血液型性格診断程度にしか役には立たなかったのである。「汝自身を知れ(gnothi seauton)」というデルポイの神託に掲げられていた問題は、相変わらず解ける気配もなかったのである。

つまるところ、その時「何が何だか分らなくなつた」ことは、悲しいかな、今も「何が何だか分らない」ままなのである。

文化の日であるが、苦沙弥先生よろしく懐手をするか昼寝をする他ない休日である。

2009/10/17

10月半ば、Giant Seek R2で行く2度目の定義山


定義まであと2km
揚げたての熱々に七味と醤油をかけ、店先の路上でかぶりつく定義名物三角油揚げの旨さが思い出され、まだ紅葉には早いのだが、片道2時間強をかけて再び定義山まで漕いで来たのである。家を出たのが10時、県道55号を使い一山越えて到着したのが12時15分である。


正面より山門を望む
天気の良い秋の土曜であるから参道の賑わいもなかなかであるが、しかし混みすぎているわけでもない。いい時にやって来たようだ。今は御参りを終え、一通りぶらついて、目的であった油揚げを食い(家への土産も買い)、些か痛くなった尻休めをかねて一休みしているところである。


"Patisserie-Soleil"
私は今、和一色の門前の店の中の洋一点、唯一のコジャレたケーキ店"Patisserie-Soleil"の外テーブルに落ち着いて(店の中と外に席が4つ程ある)、ちゃんと一皿として盛りつけられた無花果のタルトをコーヒーのセットで味わいながらこれを書いている。

ホイップクリームに苺ののった軽めのワッフルに自慢のパウンドケーキも添えられて、ソースもかけられている(いた)。主役の方も香ばしく固めに焼かれた土台に甘すぎないクリームと柔らかで甘酸っぱい無花果がのり、きちっとした手作りで予想以上に美味い。コーヒーは並だが、これでセット600円也はお得だ。コーヒーのおかわりは150円である。


写真を撮ったのは食べた後...
店内ではトトロのオーケストラ編曲が静かに流れている。少し奥の定義清水館からは(前回と同様)ひたすら北島三郎が聞こえている。宿の主人がファンなのであろう。サブちゃんの歌声がエンドレスに澄んだ秋の空に吸い込まれていく。席の選択を誤った気がしないでもないが、気持ちのいい秋の日は外であろう。


紅葉の中の五重塔

もう少し休んで3時になったら出発しよう。途中、大倉ダムを過ぎたところにあるポポロなる店でジェラートを舐めて帰るつもりだ。