2009/02/24

洗練されたナチュール : メゾンカイザー (MAISON KAYSER) のパン

「東北初」という言葉に弱いわけではないが、初のアイスクリームとパンには弱いのである。さすがにオープン早々の行列を押してまで出かける気はないし、むしろその喧騒を厭う気持ちの方が強いのだが、一段落して落ち着いてきたらそのうちという思いは頭の片隅にくすぶっていたものらしい。埋もれ火のようにひそかに、しかし、しぶとく機会をうかがっていた我がささやかな欲望と好奇心のおかげで、昨年暮れは仙台PARCOにできた"コールド・ストーン・クリーマリー"で例の歌を聞いてアイスクリームをなめ、先日は泉パーク・タウンTapioに入った"メゾンカイザー"で洗練されたパンの数々を求めることができた。
               (※写真はオープン当初のもの)


実は特にそのつもりもなく、何の気なしに出かけたのである。家の買い物で車を出したのだが、頭の隅で気にかかっていたのだろう、そういえばメゾンカイザーがあるんだったなとふと思い出した。ライ麦系のパンはどの程度あるのだろうか。今頃ならもう、すっかり落ち着いているのではなかろうか。逸品だというクロワッサンをかじりに行ってみようか。などと考えて、ならばと、そのまま曲がるべき角を曲がらずに、足を伸ばしたわけである。案の定、店は混みすぎても、空きすぎてもおらず、目敏く見つけた下のパンのことを訊けば、奥に行って聞いてきてくれるという具合であった。



尋ねたのはトゥルトという(ちょっと見カンパーニュと変わらぬ)田舎パンのライ麦混合率だったのだが、奥に聞きに行った売り場の担当者は小麦全粒粉40、ライ麦粉40、小麦粉20という全体の配分を聞いてきてくれた。ライ麦40というのは一般的なカンパーニュに比して高いわけで、分類的にはWeizenmischbrotであるが、これは悪くなさそうだった。また、同じトゥルトでも丸型とナマコ型の2種類あったのだが、どちらも「小」だというのにそこそこ大きいというのも良かった。これならクラストはパレッ、クラムはしっとりという望ましいメリハリが期待できる。丸型は直径が20センチ以上あったろうし、ナマコ型の方は優に40センチを超える長さで、大袋にも納まりづらいのであった。(となると、さて「大」はどれほどの大きさになるのか気になるところだが、まずは食してみた上でのことよと、今回は訊かなかった。今度行ったら尋ねてみなければなるまい。)

結局、トゥルト小×1、いちじくのパン×1、クロワッサンザマンド×1、クロワッサン×2の計5ヶを求めた。クロワッサンはさっそく車中で1つかじり、評判にたがわぬ味を確かめた。我々がクロワッサンというものに求めているものそのものという感じの味わいで、バターの豊かだが豊かすぎない風味といい、サクサクした軽やかな皮にやわらかいのにきめ細やかで張りがある中身といい、風味、食感とも重さと軽さのバランスに優れた洗練の逸品であった。これは飽きずに毎日食べることのできるという点で確かに1つの完成されたクロワッサンである。クロワッサンザマンド(これはほのかにラムも効いてコーヒーとベストマッチングだが、いったいどれほどのカロリーなのか、やや恐ろしいところもある)もいちじくのパン(生地に折り込まれて一体化したいちじくの風味が、プチプチとはじける細かな種の食感ともども実に良い)もおいしかったが、1番感心したのはやはりトゥルトであった。


かみしめた途端、ライ麦のさわやかな香りが鼻腔内いっぱいに抜けていく。このすがすがしく、さわやかな実にライ麦らしい香りは、久しくかぐことの叶わなかったものであった。きちんとエリックカイザー ジャポンで修業した職人が焼いているのに違いないが、40%のライ麦でこれだけ香りたつというのは、性のいい天然酵母もさることながら、はたして使われている粉そのものからして違うのではないだろうか。Eric Kayserらによって研究され、選び抜かれた諸々の粉が、吟味された最適な割合でブレンドされて完成した配合という感じがするのである。コーヒーやウィスキーの名ブレンダーが、豆や原酒をブレンドすることによって、それらの最も良いところを引き出すと同時に、単独では薄くなりがちな部分を絶妙にカバーし、全体の完成度を上げていくのと同じ作業が、この粉の配合でもきっと行われたに違いないと思えてくる。中はライ麦の比率からしてみっちり、ねっちりというわけではないが、魅力的な不均質な気泡があいて、期待していたとおりしっとりと柔らかな弾力に満ちて、適度な酸味とこくを持ち、色も良い。田舎風パンなのだが、実に洗練された、巧妙に設計された完成品を食べたという印象であった。

バーニャが本当の田舎の農夫のパンだとしたら、こちらはパリジャンが休暇を田舎で過ごしているという感じか。自然すら洗練され整えられて、土くささがないので、そこで評価が分かれることもあるだろうか。ちょっとKarajanのBeethovenに通ずるような感じがする(スマートすぎる)のが気になるといえば気になるが、堂々たるメジャーの味であることは疑いを得ない。この洗練は町のベーカリーにはないインターナショナルな色合いである。そこにユトリロの壁の色や染みはあまりないにしても、きれいな現代都市パリの息吹は感じられる。

次にPARCOの1Fであの楽しげな歌を聞くのはしばらく先になりそうだが、Tapioにはもう次の休日に、もし天気が良ければ、今度は自転車を飛ばして出かけるつもりだ。




※補足しておけば、トゥルトを買うならぜひ丸ごと求めるべきだ。4分の1に切られて袋に入れられているのは全く別物のようである。ビニール袋の中で窒息して、皮のハリも、もっちりした食感も、すばらしい香りも失われてしまっている。本来の味わいを楽しむつもりなら丸のまま買わねばならない。

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