2011/09/19

仙台オクトーバーフェスト2011

昨日と違い、本日は雨模様である。

まだガランとしている。

敬老の日に仙台オクトーバーフェストに来ている。雨模様の中、11時のオープンを待ち構えて入り、今年はここにしようとSpatenの店に近い席に陣取った。早速香り高いSpatenのFranziskanerのヴァイスを、アイスバインとザウアークラウトを肴に飲んでいる。



さすがに開いたばかりで、まだ混んではいない。ステージは12:30からであるから、始まるのを待っている次第だ。ドイツで活躍するヨーデルの日本人とドイツの3人組が賑やかにやる予定である。スピーカーからは今も愉快な音楽と歌が流れているが、やはり生がよかろう。ちょうど今は前説の女の子がフェスト全体の案内をしているところだ。仙台オクトーバーフェストも今年が6年目になるのだそうだ。


天気は悪いが、正面席にはそれなりに人が集まってきた。この調子でいけばステージが始まる頃には、かなり混んできそうだ。そうなれば今のようにテーブルを独り占めともいくまいか。

さて、ビールはうまいが、毎度我ながら情けなく思うのが、初めの一杯からしばらくの間は我が顔がかなり朱くなってしまうことだ。飲んで落ち着けばそれからは顔色も元に戻るのだが、それまではみっともない赤ら顔を晒すことになるのが気に食わないのである。残念ながら私はアルコール分解酵素を一つしか持っていないのだろう。これは、如何ともし難いことだが、非常に悔やまれるところである。顔色が変わらなければ、誰はばかることなく何杯でも飲むことができように。

なぜ午前一番に来たのかと言えば、三越で買い物があったからである。先日から北海道物産展をやっていて、そこの日替わりセールの小豆を頼まれていた。それが数量限定なものだから早く出て、その足でそのまま回って来たというわけである。北海道物産展は開店からずいぶん混んでいた。小豆の他に家への土産も何点か買った。一人でうまいビールを飲むだけで、家に何もなければ、帰ってから非難を免れない。

テントは大きく、雨は関係ないが、テントだけに風は吹き抜けである。自転車で来て半ズボンなものだから、少々足元が寒い。台風が来ているせいだろう、雨で冷えた風が吹き込んでくる。昨日と打って変わって涼しいを通り越し、いささか寒いのである。これは長ズボンで来るべきであったか。

そろそろステージが始まる。

Takeo Ishii & Drei Winkler
始まった。石井健夫氏の挨拶、メンバーの紹介、そしてヨーデルだ!

彼らは被災地だからこそ来た。放射能を恐れて来日を拒否したミュンヒェンオペラの連中とは大違いだ。

有難いことだ。

乾杯用に2杯目を用意したSpatenのOktoberfestbierとプレッツェル

石井氏は客席に降りて盛り上げる。

手拍子がひとりでに始まる。

ヨーデルらしく後半はものすごい追い込みをかけていく。

Ein! Zwei! Drei! gsuf-fa! Prost!
堪能した。どうもありがとう!

2011/09/11

Dallmayrのコーヒー豆

先日頼んだDallmayrのコーヒー豆はどれも予想以上にすばらしい物だった。8/27に注文して届いたのが9/7である。到着以来コーヒー三昧の日々を送っている。

注文前には心配がないではなかった。危惧されたのは、Julius Meinlのようにスーパーに並んでいるのと同じ既製品をただ送ってくることであったが、いざふたを開けてみれば結果は全くの杞憂であった。どの豆も見事に手作業の袋詰めなのである。店で買うときと同様、袋の口は折られて閉じられているだけで、密封されてはいなかった。もしかすると、そもそもDallmayrには挽いていないホールビーンズの出来合い500g袋はないのかもしれない。粉に挽いた物だけ缶やパックの既製品があるという具合なのではないだろうか。

今回500gずつ頼んだ7種類のうち豆で頼んだ6種類は、どれもただ袋口を何回か折りたたんで、そこに差し込んだきしめん状の口金を折って留めているだけで、袋としては何ら密閉されていない状態である。袋の素材も内袋が紙で厳密な密封を前提とするタイプとは異なっている。一つ一つのパッケージを見ると微妙に大きさも異なっていて、明らかに機械ではなく手作業だ。つまり売場に並べるのと同じ豆をいちいち量って一袋毎にきちんと詰め、形を整えながら袋口を折り返して口金で留め、最後に銘柄シールを丁寧に貼って一つ一つ封じた、と看て取れる。

左様、無論そうでなければならないのだ。



2011/08/28

Dallmayrにコーヒー豆を注文した

Amazon.deが配送不可でHamburgのClassic CaffeeにZassenhausのミル(Guatemala)を頼んだ時、せっかくKaffeehausなのだからと店のコーヒー豆もいくつか注文した。ブレンドを1種500g、ストレートを7種250gずつ、合わせて2kgちょい頼んだのだが、どれもなかなかに良いもので、7月から8月の1月あまり、自分の口にあった8種の豆を贅沢にもその時々に楽しむことができた。
Conaのサイフォンを英国はStaffordのHas Bean Coffeeに頼んだ時も同様のことをして、この時も近所ではなかなか手に入らぬボリビアの甘い豆などを大いに堪能した。

さて、これに味をしめて、今度はMünchenのDallmayrから取り寄せてみることにしたのである。前回と違うのは、ことのついでではなく、純然たるコーヒー豆自身を目的とした注文であることだ。これは4年程前にWienのJulius Meinlに頼んで、今一つだった時のこと以来である。その時は1箱あれこれと頼んだ豆の鮮度がどれも低く、これならわざわざ頼む必要もなかったと全く失望させられたのだったが、Dallmayrならそんなことはあるまいと希望、期待を込めての注文なのである。

Vielen Dank für Ihre Bestellung
bei dallmayr-versand.de

Rechnungsadresse / Lieferadresse 

Herr
.........
981-.... Sendai 
日本
Weitere Informationen
Telefon:   ........
E-Mail:   .......
Ihre Bestellung
Auftrags-Nr.: ....... (bitte bei Zahlungen/Anfragen immer angeben)
Auftragsdatum: 27. August 2011
Kunden-Nr. .......
Zahlungsart Kreditkarte
Wir bedanken uns für Ihren Auftrag:
BezeichnungAnzahlEinheitEinzelpreisGesamtpreis
7503 :: prodomo ganze Bohne10,5 kg Stück 8,20 €8,20 €
7506 :: prodomo Schmuckdose Nymphenburg 10,5 kg Stück 8,70 €8,70 €
7510 :: Ethiopian Crown ganze Bohne10,5 kg Stück 10,20 €10,20 €
7517 :: Dyawa Antara ganze Bohne10,5 kg Stück 10,20 €10,20 €
7523 :: Antigua Tarrazu ganze Bohne10,5 kg Stück 10,20 €10,20 €
7540 :: Sigri Estate ganze Bohne10,5 kg Stück 10,20 €10,20 €
7581 :: San Sebastian ganze Bohne10,5 kg Stück 10,20 €10,20 €
6483 :: Großmutters Mohnkuchen Dallmayr10,8 kg Stück 13,50 €13,50 €
Zwischensumme81,40 €
Paketversand Ausland 45,00 €
Zahlungsart: Kreditkarte (Visa, XXXX ...XXXX)
Gesamtbetrag126,40 €
Alle Preise inklusive gültiger deutscher Mehrwertsteuer

Sie können Ihre persönlichen Einstellungen über die Seite "Mein Konto" verwalten und Ihre Bestellung jederzeit unter folgender Verknüpfung einsehen: Ihre Bestellung im Shop anzeigenWiderrufsrecht:Sie können Ihre Vertragserklärung innerhalb von einem Monat ohne Angabe von Gründen in Textform (z. B. Brief, Fax, E-Mail) oder durch Rücksendung der Sache widerrufen. Die Frist beginnt frühestens mit Erhalt dieser Belehrung. Zur Wahrung der Widerrufsfrist genügt die rechtzeitige Absendung des Widerrufs oder der Sache. Der Widerruf ist zu richten an:
Alois Dallmayr KG
Kundenservice
Dienerstraße 14-15
80331 München.

--
Alois Dallmayr KG Kundenservice Dienerstr. 14-15 80331 München Deutschlandkundenservice@dallmayr.de
高級スーパーであるJulius Meinlがそうであるように、先に頼んだ2軒の町のコーヒーショップと違って、本国、世界各国と大量に卸している百貨店であるから、その点の問題は気になるところではあるが、逆にその生産量、量産体制のせいか値段の面ではかなりのお得感があった。500gで定評のあるブレンドのProdomoは8€程、レギュラークラスの各ストレート豆も10€程である。200gにすれば400円そこそこといったところで、円高もあるがこれは随分と安い。国外からの注文は80€からということなので、コーヒー豆を500g×7種におばあちゃんレシピだというMohnkuchenを1つ頼んで81,40€にして、4kg超の重量となったが送料は45€であった。これはClassic Caffeeの時(65€)より安く、送料込みでも全体として十分手頃な価格ではないだろうか。後は期待に違わず、コーヒー豆が良いもので、味わい深く美味ければ万歳ということになる。8/27の土曜日の注文、品物の出荷、到着はいつになるか。

では、楽しみに到着を待とう。

2011/07/15

Zassenhausの新型ミル"Guatemala"






私にとってミルと言えば、合理的なデザインが気に入って買い求めたBraunの電動ミルが最初である。学生時代に買い求めて、7年前にこちらに戻ってきてからも1、2年は使っていたから、かれこれ20年以上も使ったことになる。愛着はあったもののさすがに古くなって、ここ数年は出番なしであった。長年の酷使で歯が減ってしまい、かなり挽きムラや微粉が出るようになっていたのだ。

Braunを仕舞ってから5年余り、その間は代役としてポーレックスの手挽きミルを使ってきた。携帯もできるコンパクトなもので、元々は中継ぎと思って求めたものだったが、エスプレッソの細挽きからフレンチプレスの荒挽きまでそつなくこなすものだから、挽くのに少々コツは要るが、特に不足も覚えず今日までやってきた。



だが頭の片隅には、"そのうちきちんとした卓上型をZassenhausあたりで"という気持ちも常にあって、時々あれこれと比べてみないわけでもなかったのである。

保守本流の正統派"La Paz"か、




独特な姿が魅力の"Santiago"か、




何の変哲もないからこそいい"Brasilia"か、




セラミック刃を用いた新世代の"Lima"か、



或いは......などとちらちら思っていたのだったが、そんな時ふと目に留まったのが、復活したZassenhausの第三世代(?)機、新型の"Guatemala"である。Zassenhausのホームページを見ていたとき、取り扱い店舗のリンクがあったものだからたどっていくと、HamburgのClassic Caffeeという店が悪くなさそうである。そこでZassenhausのコーナーを見てみると、本家のサイトではまだ紹介されていない新型ミルが載っていたのである。目にしたのは発売予告だったのだが、無駄がなく密度感の高いボクシーな姿が実に良さそうに思えた。メカニカルは伝統的な鋳鉄製で性能上の心配もなさそうである。幸い発売日までは約一ヶ月のゆとりがある。その間に具体的に検討すれば良いわけであった。



問題は送料を含めた金額だが、国内で"La Paz"を買う金額(つまり一万五千円前後)をおおよその予算とした。Classic Caffeeでは本体が€ 99,95、国際配送料€ 65で、結局ここに頼んだのだが、すぐには頼まなかった。他店と金額を比較したいということもあったが、この店の場合はカード決済がなかったのだ。PayPalはあったが、新規の顧客はそれが使えず、初回は直接ショップの口座に振り込んでやらなければならない。それでAmazonn.deあたりの様子が分かるまでに、一応準備をしておく必要があったのである。国際送金も普通に頼めば安くはない。即ち準備というのは国際送金料の安いシティバンクに口座を作り、予め送金先を登録しておくことである。これに10日ばかりかかった。使う使わぬは別にして(結局使ったのだが)準備をしたわけである。その間もいろいろ調べたのだが、EU外への配送を行っていない店ばかりで、比較のしようもない。そのうちAmazon.deで発売が開始され、こちらは一軒の店が80ユーロ代で、これはと思ったが、ここも残念なことに日本への配送が不可であった。Zassenhaus本家のONLINE SHOPではこの"Guatemala"がなかなか出ない上に、送料が€100を超えていた。というわけで結局、豆もついでに頼むこととして最初にその存在を知らせてくれたClassic Caffeeに頼んでやることにしたのである。念のための購入準備は無駄にならなかったわけだ。

それで来たのがこれだ。

なかなかの佇まいだ。

思ってもいなかったが、粉受けは嵌め込み式の瓶であった。

一度に挽けるのは濃い目の二杯分といったところか。もう少し容量は欲しいところだ。

調節部はいかにも精巧で信頼性が高い。

挽き心地は素晴らしい。回転に慣性の心地よいトルクがかかり、ゴロゴロとなめらかに回転する。挽かれた粉は微粉もなく、均一である。

これについて文句はない。使い勝手については文句がある。

これは卓上型であろうが、卓上でがたつかぬよう押さえつけてやるのにかなり力を要するのだ。見ての通り、これは本体と回転するハンドルの間に空間がない。つまり、豆を挽く際に"La Paz"などのように本体を上から押さえつけて固定することができないのだ。しょうがないので横を持って下に押さえつけてやるわけだが、動かぬように押さえるのに、なかなかどうしてそれなりの握力を使わなければならない。しばらく使って、今はもう慣れたといえば慣れたが、これは女性や非力な者などでは大変ではないだろうか。ややデザインに使い勝手をスポイルされたというきらいがある。

総合的には余裕で合格点だ。悪くない買い物であった。
が、次に求めるなら"La Paz"かな。

2011/05/01

Conaのサイフォン


同じ漏斗を部品として取り寄せて、そのまま前のものを使っても良かったわけだったが、それを探しているうちにふとConaのサイフォンが目に留まったのである。通常使う布や紙のフィルターでなしに、ただガラス棒1本で濾過する不思議な仕組みで、実に無駄のない美しいものである。そして一度それを見てしまったら、バネでセットしフラスコ内に鎖を垂らす普通のフィルターが何だかやけに間抜けで不細工なものに見えてきてしまった。

そこでConaの扱いを探したのだが、なかなかどうして少ないのである。イギリスのメーカーだが、国内ではとてつもなく高いか(5万超では買えるものではない)、品切れである。本国ではメーカーそのもののサイトはあったものの、注文や支払いが昔ながらの直接交渉で、購入が厄介そうだ。アメリカも米国内のみの配送という店が多くて、国際配送の可能な店でもガラス製品はダメだという具合であった。結局、注文をした4軒目にしてようやくガラス製品の国際配送の可能な店に巡り会った。

"注文をした4軒目"とはどういうことか。商品は扱っている。日本への海外発送も行っている。通常の輸出規制品でもない。だが、いざガラスとなると配送不可とする店が多いようなのだ。まずはアメリカAmazonで不可、そのAmazonに出店していたアーカンソン州にある元の店Coffee Hausstoreで不可、更に検索して探したカリフォルニアのSweet Maria's Coffeeも不可であった。Amazonの場合は注文確定の際に配送不能である旨案内が出るから、その場でがっかりするだけで済むのだが、後の2軒は注文を確定し、オーダー受け付けのメールも来て「これは行けたか」と喜んでいると、後になって”unfortunatelyキャンセルしなければならない"と連絡があるのである。2軒目3軒目と前がダメだっただけに「今度こそは」と期待をふくらますのだが、期待した分落胆は大きくなる。2度糠喜びをした。

だが親切な店もあったもので、3軒目のSweet Maria's Coffeeがキャンセルのメール中にここなら大丈夫じゃないかとイギリスの店を紹介してくれたのである。それがHAS BEAN COFFEEであった。こちらは発送済みの連絡も来て、後は到着を待つばかりである。中身が無事であれば文句はない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

※4/21に注文して5/7に到着した。きちんとした梱包で、サイフォンの箱はコーヒー生豆を入れる麻袋に二重に包まれていた。ついでに頼んだローストコーヒーのパッキングも洒落ていると同時に実用的なもので、店への信頼感が増す。豆そのものも質の高いものだ。値段も適当でむしろ良心的と言える。ここは贔屓にしたい店だ。

Cona All Glass Coffee Maker
華奢であることを心配したが、意外と頑丈そうだ。
真上から見た図
赤いパッケージが鮮烈である。
丸々の麻袋である。

2011/04/15

東日本大震災から一月余り

3月11日の14時46分に起きた大地震は、およそ「宮城県沖地震の危険」などと言って恐れていた程度をはるかに越える物凄いものであった。東日本全体に及ぶ被害は極めて甚大で、海に近い地域では文字通り壊滅・消滅してしまった町々もある。大地震とそれに伴う大津波の犠牲者は2万8千人を超えようとしている。未だ余震は収まらず、福島の原発事故も収束の見通しが立っているとはとても言えない。4月7日にはM7.1の大余震が新たな被害をもたらし、復旧作業は何日も後戻りしてしまった。余震についてはまだ数年間、厳重に警戒し続ける必要があるのだという。今後半年から数年の間にM8クラスの巨大余震がいつどこで起きても全くおかしくないことが研究者らによって指摘されている。家族も私も幸い今回は助かった。だが、次回も無事であるとは当然限らないのだ。2万8千人程にも及ぶ犠牲者を見れば、実に助かるかどうか、生死の境目は全くの偶然に過ぎないのだと悟らざる得ない。彼らの代わりに私が死んでいても何らおかしくはなかったのである。

震災から一月余り、昨日(4月14日)漸く我が家でもガスが通った。地震の直後に途切れた3つのライフラインは、電気が通るまで3日、水が通るまで1週間、ガスは3月末日という当初の予定が延びていたところに7日の大余震で更に遅れたのである。

今回の地震は震災前に漠然と考えていたものとはまるで違っていた。何とも甘いことに私は、せいぜいM7級の1978年程度の地震がやって来て、その時のように1週間か10日の不便を忍べば何とかなろうかと高をくくっていたのである。心配と言えば、阪神大震災の時のような直下型の地震が来て建物の被害が大きくなることであったが、それもなるようになるさと特に備えてもいなかった。ところが実際に来たのはM9という桁違いの巨大地震であり大津波であった。数百キロに渡ってプレートが破壊され、被害地は東北から関東一円、つまり東日本全域に及ぶ。

その日私は家にいたのだったが、数分間にも及ぶ、まるで掘削工事の現場に居合わせたかのような強烈な揺れは、およそ尋常なものではなかった。揺れの程度は前回1978年の宮城県沖とさして変わらぬようにも、或いはその時の方が周期の短い激しい揺れだったように思われたものの、その長さが全く尋常でなかったのである。一向に止まないものだから、揺れの中で周りを見て思案するゆとりが出てきたほどであった。家の者はリビングの大テーブルでひたすら身を支えており、私は書斎の机に半分乗り上がって、二つの書棚とパソコンを倒してはならじと押さえ続けた。振動のためにパソコンは見ている間に台上を移動し、端からずり落ちそうになる。その度に中央に引きずり戻した。隣の部屋ではスピーカーは言わずもがな、重ねていたラックも、その上のアナログプレーヤーも、その中のオーディオ装置もガラガラ、バタバタと倒れ、飛び出していく。台所では棚という棚から遠慮会釈なく食器類が床に落ちて割れているようだった。無論それが分かっても何が出来るわけでもない。人は無事、建物も無事だったが、家の中の物は、倒れる物は倒れ、割れる物は割れて部分的に大きな被害があった。

震災当日は無論のこと、翌日、翌々日と電気が通った14日の昼まではそもそも何が起こったのか詳しいことはほとんど分からなかった。揺れの収まった町内は、見渡してみれば一見妙に平穏で、そこだけ取り出してみれば長閑な週末の午後と変わらぬようにも思われたが、各家々の内部では瀬戸物やグラスが割れ放題に割れ、書棚の本はことごとく飛び出していたのだ。揺れ始めてすぐに電気は停まっていたのでTVで地震情報を知ることは出来ず、パソコンは強制終了しており、生憎ラジオの電池は切れていた。無論電話も通じるものではない。どこで何が起こったのか知りたかったが、それよりも目の前に片付けねばならない物があり、割れ食器の山があった。暗くなる前に先ずは台所の始末をつけることが先決であった。かくて、隣近所でお互いの無事を確認した後は、各家々取り敢えず夜を迎えられるように、頻繁にくる余震の中、我々は片付けに取り掛かったのである。救急車両のサイレンが鳴り渡り、ヘリコプターの爆音が空に満ちて、いよいよ市中が騒然となったのは間もなくであった。

2011/02/06

“あまんじゃくとうりこひめ“-完成度の高い民話オペラ

仙台のオペラ協会では秋の本公演の他に春のインテルメッツォという規模の小さい公演があって、それが今回は林光の民話オペラ“あまんじゃくとうりこひめ“であった。昨年の“鳴砂“に引きつづき、今回も縁あって招待状をいただいたので、29日の土曜日に喜んで出掛けた。
あまんじゃくと言えば昔話でお馴染みの天邪鬼で、私も子供の頃よく読んだような、読み聴かされたような、仄かに懐かしい記憶もあるのだが、当の作品そのものは初めて聴くのである。もっとも、聞けばそもそもは学校放送向けのテレビ用作品で1959年の作というから、もしかしたら意識はせずともどこかで見てはいたのかもしれない。一方、創った林光といえば名高い作曲家である。実のところ詳しくは知らぬのだが、それでもオペラシアターこんにゃく座の活動、大河ドラマを始めとする放送ドラマのテーマ曲、劇音楽、その他諸々、色々と耳には聞こえてくる。だが、私が初めてその名前を意識したのは何あろう、NHKの水曜時代劇“真田太平記“のテーマ曲とその劇中音楽によってであった。

ドラマのテーマ曲と言えばグランドスタイルの派手で大掛かりなものが多かった中で、独り力強い堂々たるシンプルさが強力に耳を引いたのである。ドラマチックな短い導入に続いてチェロ一本でテーマが始まると、淡々と歩を進めながらも内的な力は充実し、静かな気迫が漲ってくる。時に笛が絡み、時に打楽器を加えた合奏が楔を打ち、時に高揚するが、必ずまた本筋に戻ってくる。禅画のようなモノトーンな展開の内に侍の雄渾で腹の座った覚悟と気迫が、また人生と自らの来歴を観照する諦観が過不足なく示される様が実に見事であった。そこには当該ドラマの内容と性格に対する劇音楽家としての高い見識と感性が見て取れたのである。正に座付き作曲家の面目躍如たるものがあった。

というわけで楽しみにしていたのである。所は旭ヶ丘の青年文化センター2Fの交流ホール、時は1月29日土曜日の午後6時からであった。“あまんじゃくとうりこひめ“自体は40分程度の短い作であるから、前半は4人の歌手によるガラコンサートになっていた。モーツァルトやプッチーニや團伊玖磨などを聴いて、休憩後にいよいよ始まったのである。昨年の“鳴砂“では日本語におけるレシタティーボ作曲上の困難さというものをつくづく感じさせらていたので、林光がこの楽しくなければならない民話オペラでその問題をどう解決しているのかに興味があった。母音だらけでやたらに音節を喰い、一音に入れられる情報量がどうにも少ない日本語をどう扱うのか。一単語を一音に入れるのはまず無理だし、文節末に付きまとう助詞の“てにをは“も語りを単調でもってまわった説明調にしてしまいがちだし、文末もヴァリエーションに欠けて萎みがちだ。和歌の詠唱や謡や詩吟ならばよいが、オペラや歌曲やミュージカルとなると途端に日本語の特質が弱点となる。“鳴砂“の語りにしろ、今回ガラで歌われた“夕鶴“のアリアにしろ、その点では全くこなれておらず、聴いていて酷い不自然さに辟易するほかない。
さて、今回そんな課題を解決することは可能だったのか。結果は見事に解決されていた。というより50年前に解決されていたのだ。解決方法はコロンブスの卵で、すなわち言葉を方言にしてしまうことであった。ピュアな方言100パーセントではあるまいが、方言或いは方言調にすることで先の日本語の弱点はほぼ克服されたのである。“てにをは“がうるさいのも、文末に多様性が乏しいのも、音節喰いで一音に単語を盛れないのも主に標準語の話である。ひるがえって方言となれば、その点は随分と自由だし選択肢も増える。短くも長くもできるし、音のパレットも途端に豊かになる。標準語で難しいことが方言では容易く解決されるのである。おかげで説明臭く、自然さを欠き、生煮えで、不出来な台詞と歌の二重苦に悩まされることなく、子供たちと共に生き生きとした民話の世界を楽しむことができた。

“あまんじゃくとうりこひめ“の成功の半分は明らかに方言を取り入れた台本の工夫にある。林光は身近な生活に根ざした、内発的な実感を重視する芸術家であるらしいから、50年前にも作曲家と台本作者との間に緊密な連携作業があったに違いない。