2009/03/23

ドイツの祈り : ThomanerchorのMatthäus-Passion

 
„Christus am Kreuz“ Die kleine (Holzschnitt-)Passion  (Albrecht Dürer)

今年の復活祭は4月12日だが、復活祭が近づくと2000年に池袋の芸術劇場で聴いた聖トーマス教会合唱団とゲヴァントハウス管のマタイ受難曲を思い出す。この年の復活祭は4月23日だったが、この3月の公演は没後250年のバッハイヤー前半を飾る実に印象深いものであった。


10. März 2000 | 18.30 Uhr | 東京芸術劇場 大ホール

Thomanerchor Leipzig
Gewandhausorchester Leipzig
Georg Christoph Biller

Kirsten Drope (Sopran)
Susanne Krumbiegel (Alt)
Peter Schreier (Tenor-Evangelist)
Martin Petzold (Tenor)
Matthias Weichert (Bass-Christus)
Gotthold Schwarz (Bass)

Johann Sebastian Bach: Matthäus-Passion BWV 244b

マタイといえば、例によって私も禁欲的且つ厳格、烈々たる気迫と緊張感がみなぎるリヒターの旧盤で親しんできた口だから、バッハから16代目のトーマスカントル、ゲオルク・クリストフ・ビラーの指揮する少年合唱の清新で溌剌とした演奏はことのほか印象的であったのだが、実はそれ以上に40年以上の時を経てなお通底する、借り物ではない自身の血肉となった「祈り」に感じ入ったのである。

バッハ以来の伝統の力とは安易には言うまい。
 „Das Abendmal“ Die kleine (Holzschnitt-)Passion  (Albrecht Dürer)

壁が崩れて10年余り、西に併呑される形で統一がなってからも9年余りが経って、それなりに今時の少年や若者らしく見えるようになったThomanerchorの一人一人の少年の有り様にうかがわれたのは、伝統を継承する自負や使命感といったものものしく大上段に構えた、もったいぶったものでは最早なかった。
 „Christus auf dem Ölberg“ Die kleine (Holzschnitt-)Passion  (Albrecht Dürer)

そこにあったのはむしろ、キリストの受難と復活の物語が、幼い頃から慣れ親しんだままに自分たちの物語となっているという動かしがたい気配で、それはもっと日常的で、普段の生活の中に溶け込んで彼ら自身を当たり前に内から支えている馴染みのものと見えた。
„Christi Gefnangennahme“ Die kleine (Holzschnitt-)Passion  (Albrecht Dürer)

だが、その馴染みのものがものすごかったのである。
 „Christus vor Kaiphas“ Die kleine (Holzschnitt-)Passion  (Albrecht Dürer)

最初は特にそうとも見えなかった。日本で言えば小学生から高校生の少年達の入場は(特に上級生などは)若者らしい自意識と反抗心もチラつく、少しふてたような様子だったのだが、いざ先輩でもあるビラーが現れ指揮棒が構えられると、まさにその瞬間、一気に豹変したのである。
 „Die Dornenkrönung“ Die kleine (Holzschnitt-)Passion  (Albrecht Dürer)

上級生から下級生まで、それはもうしゃかりきといっていいほどの凄まじい集中力で歌い始めたのだ。冒頭の合唱は確かにああいう曲であるから、大抵一気に受難の世界に入り込むわけだが、その入り方がすごかった。
聴いているとあちこちからシュッシュ、シュッシュと蒸気機関車さながらスチーム音のような破裂音が聞こえてくる。何事かと思えば、何あろう彼らの発する強力な歯擦音なのであった。
„Die Kreuztragung“ Die kleine (Holzschnitt-)Passion  (Albrecht Dürer)

ドイツ語で特徴的なのは口蓋音と歯擦音であるわけだが、あれほどの歯擦音はそれまで聞いたことがなかった。各声部の少年達が揃って皆フィッシャー=ディースカウばりに(と言ってもわざとらしさはなく全く当然、自然に)鋭い歯擦音を響かせるのである。これは冒頭から強烈であり、また或る意味見事だった。
 „Die Kreuzigung“ Die kleine (Holzschnitt-)Passion  (Albrecht Dürer)

要所要所に打ち込まれるハーケンのように、この歯擦音がリズムとフレージングにメリハリをもたらし、歌詞に内的な真実味と気迫を加えていくのだ。このような感覚は実にドイツ語を母国語とする団体ならではと言わなければなるまい。歯擦音そのものは真似られても、アクセントやフレージングと不可分に結びついて、そのまま演奏の内実となって活かされていくというふうにするのは、外国の団体にはまずできない。
 „Die Grablegung“ Die kleine (Holzschnitt-)Passion  (Albrecht Dürer)

私はオープニングからすっかり感心してしまった。

その後はもう最後まで一気に聴いてしまったという感じであった。福音史家は円熟のシュライヤーで悪かろうはずもなく、バッハの語法に通暁したゲヴァントハウスのオケも燻し銀の音色で万全に支える。ソプラノは清潔な歌いぶりで美形だったし、アルトは実に誠実な歌いぶりで例のペトロの否認の後のアリア(Nr.39 Aria : Erbarme dich, mein Gott, /Um meiner Zähren willen!)などはことのほか感動的だった。珍しい初期稿での演奏であったが(「来たれ、甘き十字架よ」のところではヴィオラ・ダ・ガンバではなく、テオルボが使われていた)、ビラーの解釈は古楽流のアプローチも取り入れたなかなかに現代的なもので、先代のハンス・ヨアヒム・ロッチュの延長線上に伝統と最近の研究成果を無理なく総合したバランスのいいものであった。勢いもあり聴きやすかったし、何よりも少年たちをよく導いていた。トーマスカントルは少年合唱団のよき教師でなくてもならないのだ。 私はちょっと『飛ぶ教室』(Erich Kästner:Das fliegende Klassenzimmer)の正義さんことベーク先生(Dr. Johann Bökh : „Justus“)を思い出した。

トーマス教会合唱団の様子を見てつくづく思ったものだ。思想でも精神でも、それを空気や水や光のように、それそのものの内に、それによって生きるのでなければ本物ではないと。そして、すっかり彼らの血肉となっていて、彼ら自身が意識することは殊更なくても、見ている者にいかにもと感じ入らせた当のもの、それは見たところ本来古典語ギムナジウムであるトーマス校の隅々まで染み渡っているドイツ的なキリスト教精神というものであるようだと。
„Die Auferstehung“ Die kleine (Holzschnitt-)Passion  (Albrecht Dürer)

この時もまたいつもの友人と聴きにいったのだったが、その帰り道、例のごとくビールを傾けながら我々は次のようなことを話したものだ。我々が聴いたものはただの祈りではない、ドイツの祈りであったろうと。また、真にローカルなものこそ、逆に対話と理解をはぐくむのではなかろうかと。そして、人類という抽象的なお題目ではない、まさに自分たちの祈りを祈ることができることこそ基本なのではあるまいかと。
そこまで話して、我々はちょっぴり彼らがうらやましくなったのである。

2009/03/09

握り締めた拳の音 : Semyon BychkovとWDR Sinfonieorchester Köln 2

ケルンWDR交響楽団のホームページに日本ツアーのブログ記事が出ていた。 仙台の分は以下のとおりだ。

Japan-Tournee 2009 - Hina-matsuri
Katrin Paulsen
03.03.2009 (WDR)
Der nördlichste Trip der Tour führt nach Sendai. Die Luft ist hier deutlich kälter und abends rieseln sogar einige Schneeflocken. In der Hotellobby steht eine Art roter Treppenschrein. Was hat das zu bedeuten? Kyoko Shikata klärt das Rätsel auf: heute ist in Japan ein traditioneller Feiertag: Hina-matsuri, der Mädchen-Tag. Familien mit Töchtern stellen in ihren Wohnungen rot drapierte Treppengestelle auf, auf denen Puppen aufgebaut werden, die den kaiserlichen Hofstaat repräsentieren. In festlicher Kimono-Tracht wird dann gefeiert mit Süßigkeiten und guten Getränken. Das soll den Mädchen Glück bringen. Wie passend, dass die Tour gerade am 3. März hierher geführt hat, nach Sendai, wo japanische Holzpuppen hergestellt werden.

Vielleicht bringen die Puppen auch dem Orchester Glück. Sendai ist neben Kanazawa eine der kleineren Städte dieser Tour. Der Saal ist ein bisschen enttäuschend, klingt ein wenig wie ein Schuhkarton. Doch das Orchester spielt trotzdem ein tolles Konzert, es gibt viel Applaus. Viviane Hagner und das WDR Sinfonieorchester begeistern das Publikum.

Weniger gute Neuigkeiten erreichen uns an dem Abend aus Köln. Selbst in den japanischen Nachrichten wird gemeldet, dass in Köln das Stadtarchiv eingestürzt ist. Der Kölner U-Bahn-Bau hat also schon internationale Bekanntheit.

ツアー最北の旅は仙台です。こちらの空気は明らかに寒くて、晩には少しばかり雪さえちらつきました。ホテルのロビーには赤い階段状の櫃のようなものが置かれています。これは何を意味しているのでしょう?四方恭子がこの謎を解き明かしてくれました:今日は日本の伝統的なお祝い、女の子の日である「ひな祭り」なのです。娘のいる家庭では、家に掛け布で赤く飾った段々の棚をこしらえて、その上には皇帝の廷臣を表す人形たちが美しく並べられます。そして華やかな「着物」を着て、お菓子とおいしい飲み物で祝われます。女の子たちに幸運がもたらされるように願うのです。ツアーがちょうど3月3日に、ここ仙台へたどり着いたというのは、なんて相応しいことでしょう。ここでは日本の木彫り人形が製造されているのです。

たぶんその人形たちは、オーケストラにも幸運をもたらしてくれたのでしょう。仙台は金沢と並んで、今回のツアーの中では小さめの都市の一つです。そのホールは少し失望するもので、まるで靴箱のようにしか響きません。けれどオーケストラはそれにもかかわらず素晴らしいコンサートを行い、多くの拍手喝采が起こりました。ヴィヴィアン・ハーグナーとWDR交響楽団は聴衆を熱狂させたのです。

あまり良くない知らせは、その晩ケルンから届きました。ケルンの市史料館の倒壊は、日本のニュースにおいてすら報じられたのです。ケルンの地下鉄工事は、今や国際的に知られることとなってしまいました。


「日本の木彫り人形」というのは「こけし」のことであろう。来仙の歓迎に鳴子のこけしでも贈呈するか何かしたわけであろう。鳴子こけしは首を回すとキコキコ音を出すことができ、私の家でも飾っている。だが、地震の時はちと困る。

それにしても「靴箱」とは言ってくれる。実際そうなのだから仕方がないが、「靴箱」で聴く身にもなってほしいものだ。確かに多くの拍手喝采があったのだが、あのブラボーの連呼は東芝関係の「ブラボーマン」だったかもしれない。やや不自然な連呼ではあった。だが、ヴィヴィアン・ハーグナーはほっそりと華奢な美人で、派手すぎない赤のドレスに身を包んだ姿は、なかなかエレガントだった。

大地震でもあるまいに、ただの地下鉄工事で普通のビルが丸まる倒壊するとは酷い話だ。日本がかつての日本でないように、ドイツもかつてのドイツではない。Made in Germany品質も以前のレベルでは最早あるまい。古きよきものに心を傾けたい者にとっては実に嘆かわしいことだ。


ケルンと仙台はほぼ同じ規模の都市だが、文化的洗練よりも実学を優先するところなど実は意外と似たところがあるのかもしれない。どちらも広い世界に広々と風通しよく開かれている度合いが高いとは言えず、それ故やや独善に陥る気味がないとはいえない。ケルンのオケを仙台で聴き、ケルンと仙台の印象を合わせて振り返ってみた時、私はふと、上智で教えていたイエズス会士ヨゼフ・ロゲンドルフ(Joseph Roggendorf)氏の若かりし頃のエピソードを思い出した。ロゲンドルフ青年は仲間とワンダーフォーゲルのキャンプ旅行に出かけ、食事にはよくオムレツを作っていた。思いがけずいつもなかなか上出来で、われながら気に入った彼らはそのうまさを誇って自分たちのオムレツに「オムレツ・ア・ラ・パリジェンヌ」と名付けて悦に入っていたのである。ところがある日、旅の空でフランス人学生たちと知り合って、互いに自慢の料理を作りあうことになり、彼らの作ったオムレツをご馳走になった。それは自分たちが誇って作ってきたオムレツとは全く比較にならぬうまさで、それ以来「オムレツ・ア・ラ・パリジェンヌ」の名前はあっけなく撤回されてしまった、という話である。

笑い話とするか、教訓とするか微妙なところだが、ケルンも仙台も、Domを誇り伊達を誇っているだけでは十分ではないのではあるまいか。かつてベルティーニがベルリン・フィルを超えるオケにして見せると言ったオケは「おらが街」の土臭さを(それはそれで価値があるとしても)昇華するには至らず、「楽都」や「学都」と名乗っている仙台も(よその人は誰も知るまい)、ただ名乗っているだけで、せっかくのオケも「靴箱」で聴かなければならないのだ。


s.握り締めた拳の音 : WDR SinfonieorchesterとSemyon Bychkov 1

2009/03/08

握り締めた拳の音 : Semyon BychkovとWDR Sinfonieorchester Köln 1

Günter Wandのあるインタビュー記事であったが、ケルン放送交響楽団とのBrucknerの2番のアダージョの録音がいかにうまくいったか回想する部分があった。それ以上の録音はできないからということで、ハンブルク時代も再録音はしなかったわけであったが、そこでWandは当時のケルン放送交響楽団を評して、確か、「あの反抗的な」であるとか、当時まだ若かったオケの荒馬的な性格についても一言二言、述べていたのである。あたかも当然、周知のことであるかのように語っていたので、かえって「へぇーっ」と思って読んだのであったが、かつてのケルン放送交響楽団(Kölner Rundfunk-Sinfonie-Orchester)、3日のケルンWDR交響楽団(WDR Sinfonieorchester Köln)の演奏会を聴いて思ったのは、その性格は30年近くたった今も基本的には変わっていないのではないかということであった。


桃の節句には似つかわしくない、時に雪すらちらついた寒さの中、鼻水をたらしながら楽しみにしていたコンサートに行ってきた。年に1度恒例の東芝グランドコンサートで、今回も会場は平板な響きが嘆かわしいイズミティ21である。昨年のノリントンの時とは違い、今回目当てにしていたのはビシュコフでも、ヴィヴィアンでもなく、オケそのものの方であった。ベルティーニ時代に聴きそびれたのを残念に思いながら、結局今日に至ったのだ。10列やや左寄りの席で洟をすすりながら聴いたのであるが、これがまたなかなか単純ではない印象をあれこれともたらしてくれた演奏会であった。

03.03.09 | 19.00 Uhr | イズミティ21大ホール

WDR Sinfonieorchester Köln
Semyon Bychkov
Viviane Hagner, Violine

Robert Schumann  Ouvertüre zu Manfred op. 115
Ludwig van Beethoven  Violinkonzert D-Dur op. 61
Johannes Brahms  Sinfonie Nr. 4 e-Moll op. 98
Zugaben
Niccolò Paganini  Capriccio n.2: Moderato -24 Capricci op. 1
Edward Elgar  Variation 9 (Adagio) "Nimrod" -Enigma Variations op. 36

登場の様子はいまひとつ感心しなかった。ドレスデン・フィルの見事な入場を見て感服して以来、楽団のステージへの登場の有り様にはいつも注意しているのだが、このケルンのオケは今まで見てきたドイツの楽団の中では最もしまりのないものだった。さすがにみなが揃う前に座ってしまうなどという不心得はなかったが、全体にゾロリゾロリと入ってきて間延びし、揃った後の客席に向いての挨拶もどこか煮え切らぬ感じである。晴れ晴れと気持ちよく胸を張って、きちんと拍手を受けるというふうでなかったのは、正直なところ少々残念であった。ツアー強行軍のまさに最終盤で疲労のピークということであったろうか、顔色が悪く、ニコリともしないコンサートマスターのDiego Paginを始めとして、ファーストヴァイオリンの男どもの湿気た面は最後まで気にはなった。セカンドヴァイオリン以下の弦や管や打楽器の大半は、それでもなかなか元気な様子であったが、一部の男どもはアンコール終了後、拍手喝采が続いているにもかかわらず、いかにも早く 帰りたがっていた(実際にホルン吹きのJoachim Pöltlなどは勝手に先に引っ込んでしまった)。そこにはもしかすると、強行日程の肉体的疲労に加えて、鳴らないホールで余計な奮闘を強いられた不機嫌が混じていたかも知れず、さらにこじつければ、ケルンという現代都市の不機嫌やルールの工業地帯も襲っているに違いない経済危機のギスギスした不愉快さ、見通しの利かぬ不安といったものも反映していたかのようであった。

さて、肝心の音の方はどうだったか。これは見事に、マンフレット序曲の第一音からアンコールのニムロドの最終音に至るまで、実に紛れもなくケルンならではの音であったろう。シューマンもブラームスも、もうすっかりオケの手の内に入ったものだから、たとえ指揮者がいなくても十分という印象であったが、端から端まで高いポテンシャルと底力の感じられる力強さなのだった。しかし、それ故にか、それと同時にどこか荒ぶるというか、手綱さばき次第では乗り手を振り落として、後は梃子でも動かないといったゴツゴツした頑固、頑迷の気配も見え隠れするのである。これは頑固なオケに違いない。押し出しの強いミシッと目の詰まった音で、全体がまるでグッと握り締めた拳(こぶし)のようであった。しかもその拳が決して緩まないのである。無理に力んでいるのではなく、それが当たり前で、それ以外のありようなどは知らないと言わんばかりの雄雄しさなのだ。ケルンというほぼ百万都市の、機能的でクールなはずの放送オケでありながら、スマートさとは全く縁遠い野太さで、そのパワフルな無骨さが意外でもあれば、いくつかの録音を想い起こして、いや確かにそういえばそうであったのだと大いにうなずける気もしたのである。(Hans Vonkとの90年代のライブのSchumannなどはまさにこんな音であった。)

いつからそうしているのか知らぬが、意外にもビシュコフも両翼配置で、左から第1ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、第2ヴァイオリンと並び、チェロと第2ヴァイオリンの奥にコントラバス、左にホルン、右にトランペットとトロンボーンであった。昨年のStuttgartも両翼(第1ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、第2ヴァイオリン、奥1列にコントラバス)であったが、それにしても出てくる音はまるっきり異なるものであった。無論ノリントンのノンヴィブラートのピュアトーンと違うのは当たり前なのだが、そのことを差し引いても、それ以上に音の性質や背後の意味が違っているようであった。すなわち、柔軟に対して頑迷洗練に対して野暮新しさに対して古さ笑顔とフモールに対して仏頂面とメランコリーワインに対してケルシュ軽やかな羽に対してガツンとした棍棒暖かな太陽に対して力ずくの北風である。ケルンのオケには洗練とか繊細とか柔軟さとか、そんなものなど薬にしたくもないというドイツ的頑固さ、それも田舎のそれではなく、都市におけるそれがよく表れているようで、全く面白い対照ではあった。(ビシュコフもベートーベンではところどころ管を強奏させたり、ティンパニを強打させたりして古楽流のスタイルを一部取り入れたということだったが、フレージングやアーティキュレーションがほとんどそのままなものだから、全体としては全く思いつきの域を出ていないようで、これはかえってちょっと比較にならなかった。)

では、それが嫌いかといえば、その反対である。工業地帯の煤煙のにおいも交えた父なるラインの質実剛健たる泥臭さ、聳え立つDomのように自分たちの流儀を決して譲らず、融通など利かせたくもないといった頑固な気配、ゴリッとした力ずくともいえる肌触りは、これまで聴いてきたドイツの楽団の中でも異質で、東西ドイツ時代ならいざ知らず、現在ではなかなかどうしてお目にかかることのできない、これはこれで稀少かつ魅力的なものではないだろうか。機能性と昔ながらのローカル性の融合である。シュトゥットガルトが新しい知の在り方を感じさせてくれるとすれば、ケルンは7,80年代の昔のGolfに乗っているかのようである。
[強いて言えばベルリン交響楽団(Berliner Sinfonie-Orchester : 現在の Konzerthausorchester Berlin)をうんと機能的にしたら少し似てくるかもしれない。]

それにしても、あのゴリッとした低弦の圧力は相当なものだ。特にチェロのぐいぐい押し出してくる音はパワフルで、あれほどゴリゴリと聞こえてくると、それだけでも痛快である。これでもしもっとホールの響きが上質だったら、低弦の堅固な土台に中域、高域、木管、金管が綺麗に乗って、管弦一体となった古き良きドイツ流の見事なピラミッドバランスとなったやもしれなかったが、実際は豊かに階層化した伽藍が屹立するまでには今一歩至らず、些か団子になったり少々ドンシャリ気味に響くこともないではなかった。ファゴットのHenrik Rabien(頭一つ分大きく、顔が真っ赤になるタイプだ)とクラリネットのThorsten Johannsの表情豊かで誠実なmusizierenぶりや、フルートのMichael Faustの清潔な思慮深さは大変好感が持てたが、響きそのものは空間の中にしっかり抜けきらないような、弦ともいまひとつバランスよく融けあわないような感じで、時にきれいに響かせるのに苦労しているような気配もあって、本当は昨年リニューアルした萩ホールあたりで聴きたかったのである。デッドな上に抜けも良くないものだから、倍音成分が綺麗に響かず、直接音ばかりを聴いているかのような具合になって音の美感が損なわれる感じなのだ。楽団員にとってみれば、平板で奥行きを欠いた響きのホールに抗っての演奏は、余計な負担のかかる、あまり愉快なものではなかったかもしれない。ましてやツアー強行日程の最終盤、疲労がいい加減蓄積していて、しかも前日が大阪のシンフォニーホールときては、疲労に追い討ちをかけるその落差にもう苛立ちを覚えるほどであったかもしれないのだ。そう考えると一部の男たちのあの湿気た顔も分からないではない。むしろその健闘をたたえるべきであろうか。無論私だとて、どうせ聴くならもっといいホールで聴きたいのだ。

につづく