2009/02/24

洗練されたナチュール : メゾンカイザー (MAISON KAYSER) のパン

「東北初」という言葉に弱いわけではないが、初のアイスクリームとパンには弱いのである。さすがにオープン早々の行列を押してまで出かける気はないし、むしろその喧騒を厭う気持ちの方が強いのだが、一段落して落ち着いてきたらそのうちという思いは頭の片隅にくすぶっていたものらしい。埋もれ火のようにひそかに、しかし、しぶとく機会をうかがっていた我がささやかな欲望と好奇心のおかげで、昨年暮れは仙台PARCOにできた"コールド・ストーン・クリーマリー"で例の歌を聞いてアイスクリームをなめ、先日は泉パーク・タウンTapioに入った"メゾンカイザー"で洗練されたパンの数々を求めることができた。
               (※写真はオープン当初のもの)


実は特にそのつもりもなく、何の気なしに出かけたのである。家の買い物で車を出したのだが、頭の隅で気にかかっていたのだろう、そういえばメゾンカイザーがあるんだったなとふと思い出した。ライ麦系のパンはどの程度あるのだろうか。今頃ならもう、すっかり落ち着いているのではなかろうか。逸品だというクロワッサンをかじりに行ってみようか。などと考えて、ならばと、そのまま曲がるべき角を曲がらずに、足を伸ばしたわけである。案の定、店は混みすぎても、空きすぎてもおらず、目敏く見つけた下のパンのことを訊けば、奥に行って聞いてきてくれるという具合であった。



尋ねたのはトゥルトという(ちょっと見カンパーニュと変わらぬ)田舎パンのライ麦混合率だったのだが、奥に聞きに行った売り場の担当者は小麦全粒粉40、ライ麦粉40、小麦粉20という全体の配分を聞いてきてくれた。ライ麦40というのは一般的なカンパーニュに比して高いわけで、分類的にはWeizenmischbrotであるが、これは悪くなさそうだった。また、同じトゥルトでも丸型とナマコ型の2種類あったのだが、どちらも「小」だというのにそこそこ大きいというのも良かった。これならクラストはパレッ、クラムはしっとりという望ましいメリハリが期待できる。丸型は直径が20センチ以上あったろうし、ナマコ型の方は優に40センチを超える長さで、大袋にも納まりづらいのであった。(となると、さて「大」はどれほどの大きさになるのか気になるところだが、まずは食してみた上でのことよと、今回は訊かなかった。今度行ったら尋ねてみなければなるまい。)

結局、トゥルト小×1、いちじくのパン×1、クロワッサンザマンド×1、クロワッサン×2の計5ヶを求めた。クロワッサンはさっそく車中で1つかじり、評判にたがわぬ味を確かめた。我々がクロワッサンというものに求めているものそのものという感じの味わいで、バターの豊かだが豊かすぎない風味といい、サクサクした軽やかな皮にやわらかいのにきめ細やかで張りがある中身といい、風味、食感とも重さと軽さのバランスに優れた洗練の逸品であった。これは飽きずに毎日食べることのできるという点で確かに1つの完成されたクロワッサンである。クロワッサンザマンド(これはほのかにラムも効いてコーヒーとベストマッチングだが、いったいどれほどのカロリーなのか、やや恐ろしいところもある)もいちじくのパン(生地に折り込まれて一体化したいちじくの風味が、プチプチとはじける細かな種の食感ともども実に良い)もおいしかったが、1番感心したのはやはりトゥルトであった。


かみしめた途端、ライ麦のさわやかな香りが鼻腔内いっぱいに抜けていく。このすがすがしく、さわやかな実にライ麦らしい香りは、久しくかぐことの叶わなかったものであった。きちんとエリックカイザー ジャポンで修業した職人が焼いているのに違いないが、40%のライ麦でこれだけ香りたつというのは、性のいい天然酵母もさることながら、はたして使われている粉そのものからして違うのではないだろうか。Eric Kayserらによって研究され、選び抜かれた諸々の粉が、吟味された最適な割合でブレンドされて完成した配合という感じがするのである。コーヒーやウィスキーの名ブレンダーが、豆や原酒をブレンドすることによって、それらの最も良いところを引き出すと同時に、単独では薄くなりがちな部分を絶妙にカバーし、全体の完成度を上げていくのと同じ作業が、この粉の配合でもきっと行われたに違いないと思えてくる。中はライ麦の比率からしてみっちり、ねっちりというわけではないが、魅力的な不均質な気泡があいて、期待していたとおりしっとりと柔らかな弾力に満ちて、適度な酸味とこくを持ち、色も良い。田舎風パンなのだが、実に洗練された、巧妙に設計された完成品を食べたという印象であった。

バーニャが本当の田舎の農夫のパンだとしたら、こちらはパリジャンが休暇を田舎で過ごしているという感じか。自然すら洗練され整えられて、土くささがないので、そこで評価が分かれることもあるだろうか。ちょっとKarajanのBeethovenに通ずるような感じがする(スマートすぎる)のが気になるといえば気になるが、堂々たるメジャーの味であることは疑いを得ない。この洗練は町のベーカリーにはないインターナショナルな色合いである。そこにユトリロの壁の色や染みはあまりないにしても、きれいな現代都市パリの息吹は感じられる。

次にPARCOの1Fであの楽しげな歌を聞くのはしばらく先になりそうだが、Tapioにはもう次の休日に、もし天気が良ければ、今度は自転車を飛ばして出かけるつもりだ。




※補足しておけば、トゥルトを買うならぜひ丸ごと求めるべきだ。4分の1に切られて袋に入れられているのは全く別物のようである。ビニール袋の中で窒息して、皮のハリも、もっちりした食感も、すばらしい香りも失われてしまっている。本来の味わいを楽しむつもりなら丸のまま買わねばならない。

2009/02/21

自転車通勤の新たな展開

通勤については、これまでも片道10キロ程度の道のりをどう往って復るか、あれこれと試みてきたのである。具体的に言えば、電車(地下鉄)通勤、自転車通勤、ジョギング通勤、ウォーキング通勤とその組み合わせで、どれにもそれなりの一長一短があるのだが、今回は思い立って自転車通勤の自転車を新しくしてみた。

電車(地下鉄)通勤は楽で速いが、その分、体がなまる。およそコーヒー1杯分になる運賃も、(コーヒーと地下鉄ならコーヒーに軍配が上がるので)気になってくる。

自転車通勤はいい時はとてもいい。帰り道でも小回りが利くし、適度な運動にもなる。所用時間が30分程度というのも悪くないが、いかんせん季節や天候に大きく左右される。仙台の冬は快適とはほど遠いことも少なくない。

ジョギング通勤は大いに体が鍛えられる。50分前後で走っているのだが、毎度となるとちとつらい。一々着替えも必要である。

ウォーキング通勤は中年男にとってバランスのとれた運動である。道々季節の移ろいを感じ、適当な考えごとをしながら歩けるが、1時間半はかかってしまう。寝坊は許されない。

ここ4年ほど、亡父も書道で通う時には使っていたカゴ付きの買い物用自転車(所謂”ママチャリ”というやつだが)を受け継いで愛用してきたのであるが、足かけ10数年に及ぶ使用(と、ここ4年間の酷使)を経て、足まわりやブレーキなどに少々歪みやガタが生じていた。(後輪の回転軸のぶれ、そうも見えなかったがスポークも3本折れていたそうだ。)そこで近くの自転車屋で修理と整備を頼んで、メンテナンス後は予備役に回すこととした。そして、それと同時に私専用の1台を新しく求めることにしたのである。


  1. 主に通勤用で基本的に街乗りであること
  2. 決して良好ではない通勤路の車道や歩道の道路状況
  3. 悪路走破性よりはスピード重視
  4. ドロップ・ハンドルはもう30年近く握っていないこと
  5. 70キロの体重
  6. 潤沢とは言われぬ資金

といった諸条件から出てきたのは、クロス・バイクという最も無難な選択肢であった。クロス・バイクという範疇があることすら知らなかったが、これはロード・バイクとマウンテン・バイクの中間、折衷のジャンルらしく、いかにも私には適当なものであった。

というわけで、修理を頼んだ同じ店で購入したのがGiantのSeek R2というクロス・バイクである。タイヤは32ミリと細すぎず、これまでとさほど変わらぬ感じで心細さもない。今ではそれが当たり前らしいが、変速機のレバーは最早フレームにはなく、握ったグリップの手元にあって、感覚に頼らなくても、まるでスイッチのように手軽、確実にシフト・チェンジできるようになっていた。

何故それにしたのかと言えば、正直あまり見識あってのことではない。その店の在庫車中から(ややロードよりのもの、ややMTBよりのもの、ややコンフォートに振られたもの、ややアグレッシヴな方向に振ったもの、やや高いもの、やや安いものなどから)取捨選択したのである。Webで色々見た限りでは、本格ロード・バイクやマウンテン・バイクならいざ知らず、スポーツ・バイクの戸口に行儀よく立っているクロス・バイク同士にブランド・イメージ以上の有意な差があるようには思われなかった。クロス・バイクはクラシックで言えば「名曲集」みたいなものであろう。台湾の大メーカーGiantはN響といったところか。

さて、乗車前の点検や取り扱い上の注意点など基本的な心得は店で説明を受けたものの、しかし実際に乗ってみると、このSeek R2というクロス・バイクも、ただ乗っていればいいというものではなかった。尻が痛くて仕方がないのである。あの細くて固いサドルに、これまでの感覚で座っていたのでは、当然痛くなる道理である。どうやら乗り方に原因があるようで、これは何とかするべきであった。今後、毎度毎度30分尻が痛く、降りても尻付近がしびれているというのは避けるべきであった。

というわけで、試し乗りの帰り道、途中で買ったバーニャのカンパーニュ半ヶと80%のパン・ド・セーグル1本を背負ったまま、やおら本屋に立ち寄って、入門書の類を数冊立ち読みし、その中から1冊購入して、すぐにできそうな姿勢を真似てみた。

骨盤を立てて腹をへこませ、上体のみを猫背に湾曲させるようにして、さて、そうして改めて乗ってみると、

あ〜ら不思議、途端に楽になった。骨盤が寝て、腰がただ前方に倒れていれば、体重はサドル上尿道付近に集中し、おまけに上体をただ預けられた手も負担が大きい。言われてみれば、もっともなことである。だが、言われなければ、しばらく気がつかずにいたことだろう。何事であれ、先達とはありがたいものである。

"Radfahrer auf verschneiter Landstrasse" (Ernst Havenstein 1935)

以来、まずは快適に走っている。ただ、その体勢だと、常に一生懸命こがなければならない気がしてくるのである。通勤時間は大幅に短縮したが、当初想っていた自転車通勤とは、やや趣が違ってきたようである。


s. 自転車通勤とGiant Seek R2:初めてのパンクとバーエンドの取り付けなど (2009/05/23)
自転車通勤とGiant Seek R2のその後 (2009/04/08)

2009/02/15

ハンサムな棟方志功 : 及川浩治ピアノ・リサイタル

及川浩治君の仙台でのリサイタルには、ここ5年、昨年を除いて4回行っている。叔母と言った方がいいほどの従姉妹の子供で、当然私と歳もさほど違わないから、子供時代にはそれなりに遊びもしたが、今はそのおぼろな思い出があるきりで、長じて後は親類縁者が集まる席で顔を合わせて無沙汰の挨拶をする程度の間柄である。愛好家である私に従姉妹が券を融通してくれるものだから、私も家を代表して聴きに行くというわけである。放っておけばオケかオペラしか聴きにいくことがないので、こういうことでもないとピアノを聴きに行く機会もない。というわけで今年も有難く、2月13日の金曜日に電力ホールに出かけて聴いてきたのである。


浩治君は見かけはハンサムな色男だが、中身は意外にも頑固な昔気質で、それは演奏を聴いていてもよく分かるのである。ややスロー・スターターで、いよいよ温まって熱してくるにつれて、スマートな外見とは裏腹に、時に一本調子なほど不器用な男っぼさを発揮する。東北人らしく、その情熱は意外なほど暗く重く、武骨に激しく燃え上がる。鍵盤は弾かれ、奏でられるというよりも、文字通り渾身の力をこめた鉄槌のごとく叩きつけられ、颯爽と疾走するというよりも、ありとあらゆるものを巻き込みながら、その一本気な突進をやめることがない。中低域を利かせた、見通せないほどの分厚いハーモニーを好み、色彩が干渉しあい、響きが飽和することも厭わない。響きを幾重にも分厚く重ね合わせながら、右手も左手も決して埋没させておかずに、上から下までもう目一杯鳴らしていくあの響きの好みは、旧ソビエト時代のロシアピアニズムの流れを汲む留学先のブルガリアで培われたものでもあろうが、もともと北国東北の漢(おとこ)として彼の持っていた志向によるところもあるのだろう。

彼の演奏で第一に指を屈すべきものは、だから、ラフマニノフである。あの重いロマンチシズムは彼の本質と実に深く共鳴するところがある。彼の歌い回しはまったく優美ではないので、それらしいメロディーなんぞよりも、響きそのものが幾重にも重なっていき、その分厚い重なりの内から搾り出されるようにして、ついに自ずから立ち現れてくる歌にこそ彼の本当の歌がある。暗い情念、重苦しい憂愁、そこから(それでもなお)メラメラと抑え難く、激しく炎立つダイナミックな歌であり、そこに魂の安らぎもあるのだ。ラフマニノフを聴かなければ彼を聴いたことには決してならない。(この伝で行けばスクリャービンも合いそうな気がする。いつの日か、暗く熱い見事な法悦の詩が聴けないだろうか。)

同じ伝で言えば、(ピアノの詩人)ショパンも愛らしい小品よりバラードのようなものの方がいい。チャーミングなものより、筋立てのはっきりしたドラマチックでダイナミックな暗い情熱が充溢している重いものにこそ適性がある。

(ピアノの魔術師)リストもこれはこれでピアニストとしての腕の振るいどころには事欠かないようで、メフィスト・ワルツなどのエキサイティングな力技は実に大したものだが、こちらはリスト自体が私には分からないのでなんとも言いかねる。昔"Richard und Cosima"という映画で、オットー・ザンダー演じるワーグナーが舅のリストが弾くピアノ曲にうんざりしていたところがあったが、私にとっても抹香臭くなってからは退屈、抹香臭くなる前はただ音と技巧だけで内容の陳腐な意味に乏しい作曲家だ。思うにリストはピアニストにとっての作曲家で、私のような者にはその面白さが味わえないのだろう。

ラフマニノフとの強い親和性、暗く重く激しい情熱、チャーミングなものや軽やかですばしこいものとの微妙な齟齬、エキサイティングな力技は彼の音楽的・精神的土壌が那辺にあるかを明らかにしてくれる。つまり西欧よりも東欧、東欧よりもロシア、ロシアよりも日本にあるのだ。当たり前といえば当たり前だが(良し悪しは別にして)彼の歌い回しや曲の起承転結の捉え方は明らかに日本語の語感を持ち、日本語の発想で扱われている。だから、日本語的な処理によっても損なわれることの少ない曲に彼はその力を余すことなくぶつけることができる。

(ラフマニノフでの偉大なる勝利がその代表だ。)

反面、その元々の言語の語感に強く結びついているもの、ヨーロッパ的教養の伝統に深く根ざしているもの、それゆえ情熱だけではつかみきれないものやエキサイティングな爆発に還元しきれないものについてはいかに全力で挑んでも些か分が悪いようだ。彼が全身全霊をこめて没入しようにも発想や発話のもと、歌の源が異なっている感じがするのである。

(ドイツ物の場合がそうで、そこからはドイツ語の語感が残念ながら私には聞き取れない。バッハならルター派のコラールやThomanerchorの強烈な子音の歯擦音が背後に響いていてほしいし、ベートーベンならドイツ式の弁証法が細部の発想から全体の構造まで否応もなく貫いていてほしい。シューマンならDeutsche RomantikのPoesieやFantasie、Romantische IronieやMagischer IdealismusといったInspirationの源泉が閃いていてほしいわけだが。)

本場物でなければだめなのかとか、日本語を母国語とする者が日本語的演奏をするのが悪いのかといえば、全然そういう話ではなく、私も別にそうは思わない。ただ、好きな作家の作品ぐらいはせめて原語でいつか母国語のように読みたいものだと私が夢想し、聖書研究家が聖書を研究するのにラテン語にとどまらず、ギリシャ語、ヘブライ語、アラム語でも研究するように、演奏家も作曲家本人が彼(女)の母国語で見、聴き、考えたようにその曲を演奏してみたいのではないだろうかと思うのである。内田光子は、歌舞伎をやるなら日本にいるが、西洋音楽をやるならヨーロッパにいると言った。それが生まれた文化圏に音楽と共にいるばかりでなく、言葉と共にいるというのは、実にまっとうな考えだ。音楽言語だけでも簡単ではないのだから、それに加えて言語そのものまでもというのは非常に難しいことには違いないが、彼女は音楽家としては言葉の壁を乗り越えたように見える。
小澤征爾などがオペラを振るととてつもない集中力を聴かせてくれるが、聞こえてくるのはただその集中力とその没入のみで、本来その曲が幾重にも持っているはずのその文化圏特有の重層的、複合的な味わいや言語的なニュアンスが一向に匂い立ってこないというのは、これは一体どうしたらいいものだろうか。ものすごい集中力に感嘆おくあたわざるものがあることを認めざるを得ないものの、それだけでしかないとは。思えば彼の言葉はいつも率直だが、言葉としての複雑さにあまりに欠けていないだろうか。私にはこれは困る。愛好家としてそれを楽しんで聴けるだろうか。


浩治君の演奏会で彼の激しい音の奔流に耳を澄ませていると、私は棟方志功の激しい線と色の奔流を思い起こす。 棟方はゴッホにはならなかったが、棟方自身で並ぶもののない者となった。

2009/02/04

新しい知の在り方 : Sir Roger NorringtonとRadio-Sinfonieorchester Stuttgart


仙台に戻ってきて困ったのが、行きたいコンサートがまずなくなってしまったことである。独襖系の楽団の音を好んで聴いてきた私にしてみれば、当の楽団が来てくれぬことには話が始まらない。神奈川にいた時分は、現代の東京や横浜などおよそクラシック音楽に親和性のある文化的環境とはとても思えなかったが、

駅や駅前の無秩序でせわしのない人の流れと雑踏、雑然たる街路と統一性に乏しい街並み、視野をさえぎる雑多な看板と電柱や電線の氾濫、カラオケ屋にパチンコ屋の喧騒、垂れ流されるスピーカー音や電子音に騒音、帰りの電車のうんざりさせられる混雑と酔っ払い、現代日本の見識なき文化政策と浅薄なビジネス臭等々、劣情と手軽さに流れる現代社会の有様は楽音の泉とは無縁、没趣味の世俗的風土と思えたのだが、

それでもまだ楽団が来るだけよかったのである。当時は気に食わぬことが多かったが、愛好家にとってみれば(ベストだと言えるはずはないにしても)それはそれなりに恵まれた環境であったと、今にして知れるのである。

さて、官主導で「楽都」と名乗っているものの、誰もそうは思っていないこの仙台にも、時にはドイツの楽団が訪れる。(招聘元よ、ありがとう。)主に東芝グランドコンサートなどの冠コンサートがそれだが、年に1度(年にたった1度きりとは!)どこかしかがやって来て、今年もセミヨン・ビシュコフとWDR Sinfonieorchester Köln (WandやBertiniの録音で親しんできた前のケルン放送響)がやって来ることになっている。(来る3月3日の公演で、券は当然我が手元にある。来月が楽しみだ。)



そして、昨年やって来たのがロジャー・ノリントン(Sir Roger Norrington)とシュトゥットガルト放送響(Radio-Sinfonieorchester Stuttgart)であった。

来ると聞いて当然考えたわけである。ノリントンと言えば、あの音に聞くノン・ヴィブラートのピュア・トーンだ。これは到底聴かずに済ますわけにはいくまいと。録音では些か聴いていたものの、実際に大編成のモダン・オーケストラがヴィブラートなしで一体どんな響きを出すものなのか、ぜひ直接確かめてみるべきであった。古楽仕込みの小気味のよい、時に騒々しいほどの打楽器の打ち込みや野趣にとんだ金管の「ブワーッ!」などもいかにも楽しそうであったし、うまくいけば精妙でニュアンスに富んだフレージングや風通しのよい清潔で清々しい音の重なりが聴けるだろうと思った。仙台で得られる数少ない機会を逃すべきではないことは勿論だが、メインのBrahmsなどこれまで馴染んできた後期ロマン派の響きがノリントンによってどのように変わって響くものか興味深く、彼ならではのアイディアがあふれているにも違いなく、行く前から興味は尽きなかった。

更にもう一つ言えば、ドイツの楽団を愛好する者としてみればオケの現在が気になっていたということもある。SWR本拠地の第1オケであるから悪かろうはずもないが、ノリントン以前は録音も決して多くなくて、BayernやHamburgは言うに及ばず、FrankfurtやKölnやBerlinに比べても印象のとぼしかったStuttgartの放送オケである。チェリビダッケは録音嫌いであったから、かつてはそもそも耳にする機会がラジオ放送ぐらいしかなかったし、マリナーは没個性の極みで、いっこうに魅力が感じられなかった。先代のジェルメッティ時代も指揮者がやけに太ってきて大丈夫なのかと心配に思ったくらいで、やはり印象が薄く、録音で窺う限りは随分と鳴かず飛ばずだったわけで、そんなオケの現在は、さてどうであるのかも少なからず興味があったのである。ノリントンになって早10年、いったい以前とどう変わったのであろうか。というわけで、ちょうど一年前のことだが、聴きに行ったわけであった。

演目はブラームスの1番をメインにして、前にサリヴァンの「近衛騎兵隊」序曲とベートーベンの4番のピアノ・コンチェルトを置いたオーソドックスなスタイルで、ソリストは小菅優であった。取れた席が3例目と第1ヴァイオリンのすぐ前で近すぎるのが気にはなったが、1年に1度のことゆえ贅沢は言っておれない。ノン・ヴィブラートのあり様を目の前で見せてもらうつもりでいるとしよう。そっけない響きのホールにも同様に贅沢は言っておれぬ。来るだけ良しとせねばなるまいなどと思いながら、会場のイズミティ21には散歩を兼ねて歩いて出かけた。


04. Februar. 08 | 19.00 Uhr | イズミティ21大ホール

Radio-Sinfonieorchester Stuttgart
Sir Roger Norrington
Yu Kosuge, Klavier

Arthur Sullivan  The Yeomen of the Guard Overture
Ludwig van Beethoven  Klavierkonzert Nr. 4 G-Dur op. 58
Johannes Brahms  Sinfonie Nr. 1 c-moll op. 68

Zugaben
Benjamin Britten  Matinees musicales op. 24 - March

思えば、ブラームスの1番はこれまで演奏会で最もよく聴いてきた曲の1つである。シュタインとバンベルクの細部までよく神経のいきとどいた、いかにも手作りの味わいが香った、暖かい木組みの家のような演奏、それとは対照的だったエッシェンバッハと北ドイツのある種ハンブルク空襲の記憶を呼び覚ますかのような、荒涼とした廃墟的心象風景、ヘルビッヒとドレスデン・フィルの中欧の響きが心地よい、落ち着いた堂々たる演奏、朝比奈と新日フィルによる老いてなおカクシャクたる、クレンペラーを意識した(と当人が言っていた)演奏、インバルとベルリン響の精緻でいながら意外にも古めかしかった演奏(アンコールが何と終楽章をもう1度というのにも驚かされた。初演時でもあるまいに、19世紀的とでもいおうか、いかにも昔のコンサートスタイルではなかろうか。)、ベルグルンドとストックホルム・フィルのとてもさらっとしたシベリウス的演奏等々、渋いところを特に選んで聴いてきたような感じだが、今回はさらにどんな記憶を刻んでくれるか。


時間になって登場してきたオケの団員には、古参の団員を中心に適度に親密なリラックスしたムードがあって、悪くなかった。全体に不要な力が抜けた自然体という感じで、もしかしてこれはオックスブリッジの人、英国人ノリントン故ででもあったろうか。最近では(頭が薄いのはいいとしても)すっかり腹の出た、今年もう75になるノリントンであるが、彼を見ていると、いまだカレッジやパブリック・スクールの屈託ない雰囲気がどことなく漂っているような気がするのだ。
彼の放つ、学生寮にいる変わり者のへんてこ学生じみた陽気な気楽さが、元来クールなドイツの放送オケにくつろいだ雰囲気と学生の出し物めいたワクワク感をもたらしているように思われたのである。98年以来のコンビだが、これは良い組み合わせだったのではなかったろうか。


最後に現れたコンサート・マスターは、小柄で若いKonzertmeisterinで、名前(Mila Georgieva)から推して東欧の出身らしかった(後で調べると、この音のきれいな東欧系の美人はブルガリア出身の元々はソリストで、RSO Stuttgartでは2003年の10月から務めているようだ)。オケは当然の対抗配置であった。

程なくして現れたノリントンは(何のつもりか知らないが)例のカンフーマスターのような格好で、こだわりなくいかにも楽そうであったが、それにしても腹が出すぎているようである。最初の挨拶であるサリヴァンの曲は活気のある愉快なものだったが、見ているとノリントンの方が愉快であった。やる気があるのやら、ないのやら、とぼけているのか、いないのか、時に客席を見、けれん味と英国流ユーモアの複合であった。(私は昔伊勢原で観たケンブリッジ・バスカーズを思い出し、またなんとなく、ピンク・パンサーシリーズやミスター・ビーン、007は二度死ぬで日本人に扮したショーン・コネリーなどを思い出した。)ピュア・トーンの何たるかが示される曲ではなかったわけだが、それでも目の前でヴィブラート無しですっきりと、そしてどことなく慎重に指を運ぶ弦楽器奏者たちを見ていると不思議な気がしてきた。金管や打楽器は華やかに突出して、1曲目は楽しい曲を楽しく演奏して、我々もそれを楽しく聴いた。

コンチェルトではピアノが入れられたが、これは普通とは異なるノリントン流の配置で、蓋を外されたピアノが向こう向きに、まるで弾き振りの時のようにオケに取り囲まれる形に置かれていた。ピアニストは客席に背中を向けて弾くわけだが、指揮台もなく、ノリントンはピアノの傍らにそのまま立って、同じ平面上で指揮をするのである。ベートーヴェン時代がそうであったのかどうかは知らぬが、確かに親密度と一体感は増しそうだ。冒頭のピアノは普通のアコードでではなく、古楽の演奏でたまにあるようにアルペジオで始められて、オッと思わせられたのだが、後は特に古楽流というわけではなく普通にモダンな演奏であった。余り重く、長く響かせずにすっきりした音でノン・ヴィブラートのオケにつりあうようにしていたが、オケの方は響きにいよいよその本領を発揮し始めた。見通しのよいピュア・トーンがスーッと伸びて耳に達するのは、これは快感である。金管とティンパニは活力に満ちて荒々しく、時に音が割れるほどに強奏されるのは楽しかった。

そしてお待ちかねのブラームスである。一転して増員されたオケはステージいっぱいに広がり、3列目の左側に座っていた私から見えるのはファースト・ヴァイオリンばかりである。首を回せばノリントンの突き出た腹、もっと首を回せばセカンド・ヴァイオリンが見える。木管奏者など奥が見えないのはよろしくないが、やむをえないところではある。
すぐ目の前には巻き毛のとろけるような美男子がいたが、いかにも魅力的で感じのよい彼を見ながら、私はRudolf Schwerdtfegerを想い起こした。トーマス・マンの『ファウストゥス博士』に出てくるヴァイオリニストで、孤高の天才作曲家Adrian Leverkühnの寵愛を獲得し、それ故に悲劇的な死を迎えることになる愛すべきルーディである。トーマス・マンと違って私にその気はないが、それでもしばし見とれた。

始まったブラームスはピュアな疾風怒濤であった。するどく叩き込まれるティンパニ、ノン・ヴィブラートながら荒ぶる弦、咆哮する金管、よく通る木管、余分な脂肪の落ちたスリムでストレートな迫力が迫ってきた。バランスはところどころ独特で、普段聴こえないような音型が聞こえてきたり、対比や掛け合いが鮮明に示されたり、ノリントンの仕掛けが粘らずさっぱりとしたピュア・トーンで次々に表される。聴く面白さという点では抜群であった。

ノン・ヴィブラートの徹底は、よく見ていると100%ではなく、厳密に守っている奏者とつい指が動いてしまう団員が混在してはいた。前列でトップに近いほど厳密で、後ろの方に座っている団員では微妙にヴィブラートをかけてしまう奏者が散見された。その割合はおよそ2割といったところか。だが、全体に「気をつけています」という気配はやはり少々感じられた。ドイツの楽団がブラームスをやると否応なく体が揺れてくる例が多いのだが、ノン・ヴィブラートの清潔なフレージングを意識して心がけているせいか、さすがにやや慎んでいるという感じはあったのである。自然なmusizierenではなく、頭で考えたブラームスという趣で、常に理性が覚醒している気配であった。当然、感情から心底没入し、全体がうねるように燃え上がるというのではなかったわけだが、ドイツ人のブラームスが常にそうでなければならないというものでもあるまい。風通しがよく、知性の光に照らされたブラームスというのも悪くはなかった。

というわけで大いに楽しんだわけである。ノリントンの仕掛けを楽しみ、オケのピュア・トーンを楽しみ、エキサイティングな演奏スタイルを楽しんだ。感動の質は"Tragädie"ではなく"Komödie"、「あはれ」ではなく「をかし」だったわけだが、一度聴いてしまうと変に癖になるところがある。そして困ったことに、普通の演奏が退屈に感じられてしまうのだ。そこには研究と探究の実験と実践があり、その試みは確かに面白いのである。そして見ていると、聴く方ばかりか、する方もまた面白いに違いないと思えるのだ。そこには自由な討論と議論があり、柔軟な探究心があり、最早後戻りのできない新しい知の在り方が感じられる。