2008/05/20

回想の黒パン-神田精養軒1

仙台に戻って来て早4年が過ぎた。時の経過と環境の変化は変化を嫌う私のようなものの習慣や嗜好にも少なからぬ変化をもたらしたが、かえって逆にその指向が強まったものもいくつかある。30年来続くコーヒーライ麦パンへの嗜好もそうである。

「店」や「豆」を選ぶだけであったコーヒーはついに生豆を取り寄せてわずかではあるが自家焙煎を始めるようになり、パンはライ麦粉と水だけでサワー種を起こして100%のRoggenbrotを自ら焼き始めた。「気に入ったものがなければ自分で作れ!」という極めて積極果敢な策だが、もっとも自分で作ったからといって必ずしも気に入ったものになってくれはせぬところが「人生」というわけではあろうか。しかしながら、この手なぐさみのおかげで私は改めて店でパンなりコーヒーなりを選ぶ際に、以前とは異なる新たな選択や妥協の基準を得ることができたのも確かである。

当時は専ら種類の別なく「黒パン」と呼んでいたが、私が初めて本格的なライ麦パンを食べたのは中学の頃である。母が買って来たのは「神田精養軒」の「プンパーニッケル」であった。当時よく買っていたホームメイドタイプのアップルパイと一緒にその日は煉瓦のように重いパンも買って来たのである。袋であったか一緒に入っていた紙であったか「シュタインメッツ製法」で製粉されたライ麦粉である旨が図解入りドイツ語入り(だったか?)で記されており、パンはただのパンではなく素朴な力強さドイツ正統の重厚さを否応もなく漂わせていた。子供の頃に読んだ本の挿絵で見て、それ以来心ひそかに思いを募らせていた「黒パン」なるものを目の前にして、その期待にたがわぬ存在感に私は或る種の感動をすら覚えていた。

 につづく

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