2008/10/27

オーディオ・(オカルト系)アクセサリー ”名器の響き ゴールドチップ”

昔、(今の”クライナ&プルートン”である)サウンド・ミネの社長に

   「いや、CASTORPJPさん、オーディオはオカルトじゃありませんよ。」

と言われて

   「無論そうでしょうね。」

とさも当然の顔で応えた私だが、実のところそちら系のオーディオ・アクセサリーが嫌いではない。

特に意識してはこなかったが、振り返ればこれまでも、理屈にかなった正統品の他に、時々不思議系の異端派アクセサリーをつまんでいたことに思い当たるのである。〔クーナルの"サウンド・オブ・マジック"や"リボライザー"、神木(シュンモック)という名に覚えのある方もあろうか。〕つまり、感心したり苦笑したりしてきたわけだが、今回は感心した方の話である。

どんなきっかけであったか、1、2年ほど前から秋葉原のローカル・メール・オーダーで書いている”エンゼルポケット別館号”〔つい先日"デビルポケット"(!)と改名したようだが〕というブログページを見始めて、以来ちょくちょく覗いているのだが、そこである時、れんげ工房の”名器の響き ゴールドチップ”といういかにも怪しげな商品を紹介・宣伝していたのである。初めて聞く名で、そこからは他に商品も出ていないようだし、一見して普通のオーディオ・ショップではまずお目にかかれない類の珍品であることが分かった。2cm角の厚さ3mmほどのゴールドともオレンジともつかぬキャラメル色の塩化ビニール製のチップなのだが、それには何とストラディバリウスなど世界の歴史的な名器と同一種類の”気”が封じ込められていて、それをスピーカーなどに貼るだけで名器特有の超強力な気がほとばしり出るのだという。6枚セットで¥3,500也と試してみるには手頃なものだが、常識的に考えれば、素通りするにしくはない”とんでもグッズ”と言うほかはない。
  • そもそも”歴史的な名器”,”世界の名器”と言ってもずいぶんあるだろうが、実際そのうちのどれなのか?
  • それらの”気”の性質と状態を一体どこでどれだけ測ることができたのか? 
  • それらに共通の気や波動があるとしても、それを再生可能なものとして小さなチップ内に封じ込めることが可能なのか?
  • そもそもそれは何なのか?
 しかしながら、既にge3製品の驚くべき効果を体感して耐性と免疫が出来ていた私は「ん!」と反応したわけである。メインの装置で使えないにしても、PC用のデスクトップのミニスピーカーでその効果を試してみることができるだろう。そして、試してみたわけである。

まずは、バランスがいいので愛用している1万円余りのSONY製ミニスピーカーSRS-Z1PC(かの江川三郎氏も推奨していたものだったそうだ)の天板に貼ってみた。もっぱらNDR KulturやらWDR 3など128kbで流しているインターネット・ラジオを聴くのに使っているのだが、これは予想以上に音の質感が上がった。一聴して分かったのが音が太く厚くなったことである。同じボリュームでも聞こえる音が大きくなって量感が増した。前からge3の”丸”はドライバー部分に1個ずつ貼っていたので既にそこそこの効果は上がっていたのだが(こう言われて通じる人がどれだけいるか知らぬが)、加えて、実際に鳴っている音の他にそれと同時に存在するはずのホールの空気感、ホールトーンが前よりもぐんと聞こえるようになった。変にいじると音が鋭くなりすぎるきらいのあるミニスピーカーだが、聴き疲れせず心地よく聴けるようになったのである。”このヘンテコなチップは意外とめっけものだったかもしれない”と思い始めた私は、今度はそれをメインスピーカーにも試してみることにした。

というわけで今度は、天板の上に3枚、下に3枚それぞれ推奨されている三角形に配置して貼って、聴いてみた。サイズもそこそこに大きなトール・ボーイ型であるから、特に下なぞはユニットまでの距離もあり、効果のほどが危ぶまれたのだが、その心配の通り、これはほとんど違いが分からなかった。と言うよりも、変化が中途半端で十分な効果を上げるには量が足りないという気配であった。結果、奥行きにはさほど影響はなかったが、左右と高さのバランスがやや損なわれてしまった。この手の製品の場合、機器が馴染んで効果が発揮されるまで、それなりの時間を要するものもあるので、しばらくそのままにもしていたのだが、その後有意な変化はなかったのである。
これは残念な結果であったが、これしきのことで失望するにはまだ早い。ミニスピーカーで良好な効果が出ている以上、その素性卑しからずと考えてよかろう。使い方次第でもっと効果を上げ得るはずだ。今ではその効果をすっかり信用しているge3の”丸”や”ケブタ”だとて、貼る場所と量によって有効性が非常に異なっていたわけだから。

などと少々思案して、今度は電源関係に使ってみることにした。経験上これら”波動系”のグッズは電気の流れに関わる部分で大きく作用することが多い。そこで、家のブレーカーと我が愛車のバッテリーに貼ってみることにしたのである。(車のバッテリーには前に丸を貼って好感触を得ていた。)

結果はどうだったか?これはてき面の効果があった。当初の目論見とは異なり、体感上最も大きな変化はオーディオよりも車のエンジンの方に現れたが、その変化は正直ちょっと驚きであった。我が家の車はごく普通のセダンなのだが、これまでの感覚でアクセルを踏むとシートに体が押し付けられるのである。後ろから押されるかのような進みぶりや加速も初めての感覚である。まるでバッテリーとオイルを同時に換えたか(実際にそうしたことはないのだが)という激変で、エンジンの吹け上がりが格段に良くなった。おかげで我が家のVolkswagenは買って以来今が1番パワフルである。(カー・オーディオの方も良くなったと思うのだが、エンジンの方の印象が強くて変化の具合が今ひとつ判然としない。)

さて本来のオーディオの方だが、車のバッテリーに貼ってみたのは家のオーディオのためにも無駄ではなかった。あちこち貼ってみて分かったのが、どうやら電流のプラス側に貼った方が効果が高いということで、それまで家のブレーカーに貼って、それほどでもないと思っていたものをプラス側に貼り変えたところ、途端に効き始めたのである。その結果、デスクトップのミニスピーカーで起こったのと同様の変化がメインスピーカーでも起こったのである。

ブレーカーに貼っての効果で言えば”丸”を優に上回るのではないだろうか。”丸”は人にも使うことを前提にしているので効果も穏やかで優しいのだが、”ゴールドチップ”の方はパワーの加減をしていない感じで過激なのだ。ブレーカー部の貼り付け効果に味をしめた私は、更に以前”丸”を貼って最も効果的だったステップ・アップ・トランスのコイル周りに貼ってみることにした。(我が装置では駆動のゆとりと音の背景の透明感と静寂性の故に真空管アンプのトランスを200V用に換えている。そのためのステップ・アップ・トランスだが、これに"丸"を貼ったのがやけに効いたのである。初めは10枚くらいだったが、今では30枚ほどの丸を貼っている。そして今度は更に、その隙間にゴールドチップを貼りこもうというのである。”病膏肓に入る”と言うべきか。)ブレーカーへの貼り付け効果と”丸”の前例から推して、これはかなり期待が持てると思った。そこで試しに5枚のゴールドチップを貼り付け、早速気になるDiscを聴いてみたのである。

かけたのはWand2000年来日時のBrucknerの9番(LIVE IN JAPAN 2000)である。このDiscは、フル編成のオーケストラとなると音が飽和しがちなタケミツ・メモリアル・ホールの弱点とそこでの録音の苦労がしのばれるもので、三日通った実演の記憶との溝がなかなか埋まらず、聴いていてあまり満足のできぬものであった。個々の楽器の透明感はそこそこだが、レベルが抑えられ気味なこともあっていま一つ音に芯と力がない。音場もステージ上にやや窮屈で、楽器の輪郭が大きいわりに音場が広くないというバランスが気になるし、総奏となると雪崩状に飽和しての団子状の巨塊になってしまうこともある。つまり、音場や音像はかなり近めの席のイメージなのだが、音の力感と質感は遠い席というちぐはぐ感があって、バランスといいダイナミズムといい、あの時、堂に楽が激しく、力強く、巨大に満ち溢れた実演の凄絶さには遠く及ばず、感動の記憶がうまく収まらないのが(ぴたっととは言わぬが、そこそこは収まって欲しい)残念であった。

それがどこまで聴けるようになるか、というわけであったが、何とこれがかなり聴けるようになっていたのである。木管(抜けて通ってくると同時に上からも響いてくるところがなければならない)を基準にして実際のバランスに近づけても、これまではただのデカい音で終わってしまいがちだったところが、音に芯が通って響きの土台が堅固になり、管弦の全体のバランスが損なわれないのである。特筆すべきは低弦のボディーの充実で、質感・力感の向上と共に、両立の難しい輪郭と量感のバランスが向上した。実演の記憶と照らし合わせて十分に比較可能な、ホールでの感動が十分蘇るレベルとなったのである。コンサート・ホール最上席に(あと何歩残っているかはさて置いて)確実に一歩近づいたと言ってもいいのではないか。これは予想を上回る効果と言ってよかった。

これが”気”の効果というものであろうか。さて、怪しいが効果のある”名器の響き ゴールドチップ”というオカルト系アクセサリーをこれからも使うかと問われたなら、返答はどうなるか。
”とりあえず効果の限界が見えるところまでは使ってみようか”ということになる。
アクセサリー類を使う場合に困るのは、音や響きにそれ特有の変な癖や色合いが乗ってしまうことだが、その点これはニュートラルでフラットだ。エネルギー感がかなり増すが、きつくなったりうるさくなったりすることはないし、実演のバランスにかなり近い。ただ実は”丸”や”ケブタ”、”雷智(いかずち)”や”要石(かなめいし)”、”地鎮(ちしずめ)”や”礎(いしずえ)”といったge3環境との並存なので、相乗効果という可能性もあり、”ゴールドチップ”単体ではどうなのかという問題もないわけではない。ではあるが、現状(より充実を図ることはあっても)ge3製品の撤去は考えられないので、それとの共存可能ということが分かったこと自体、ge3愛用者にとっては有意義であったとも言える。

問題があるとすれば、上の話が、分かる人にはよく分かるだろうが、知らぬ人には全く何のまじないかとチンプンカンプンであろうなあということと、自分ではその理屈を確かめることができぬ判定不能なものを、それにもかかわらず”論より証拠”というただの結果論で承認してしまう自身のプラグマティズムが我ながら少しばかり気に喰わないということであろうか。

オカルト系アクセサリーの中にも正統派アクセサリーを上回る効果や高い対費用効果を持つ不思議な逸品があるという事実は確かにある。一方で、気や波動の力をうたうオカルト系オーディオ・アクセサリー類の理屈は、現在のところ私の悟性では理解できないという事実もある(もっとも、純粋文系を任ずる私には電気や物理の理屈も同様に理解不能に近いのだが)。結果オーライという呑気な気持ちがある反面、必ずしも”効果”即ち”善”を意味しているわけでもあるまいに、本物と偽物を見分ける目をどうするべきかという気持ちも働くのである。効果のあるものの中から、自分で分かって真に”善きもの”を選び取ることができればいいのだが。

かつて若かりし頃、”いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか Wie erlangt man Erkenntnisse der höheren Welten ?”と思い、R. Steinerの著作をかじったのだが、結局かじったままで終わってしまったことを思い出した。私の書棚には、埃をかぶっているとは言え、まだSteinerの著作が何冊も並んでいる。久しぶりに読み直してみてもよいかもしれないと思い始めた。私がオカルト系オーディオ・アクセサリーに手を出すのも、そのままでは見えない世界を見てみたいという認識拡大の欲望が今も幽かに疼くことと無関係ではないようだ。


s.趣味のオーディオ(2008/05/29)

1 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

This is great !