2008/10/01

Hanns-Martin SchneidtのSchubert 1

Karl Richter亡き後Münchener Bach-Orchesterを率いた懐かしのHanns-Martin Schneidt が初めて仙台フィル に客演するというので聴きに行ってきた。9月27日のことである。

"懐かしの"と言ってもBachのLPを2枚持っているきりでRichterのように何でもかんでも聴いて親しんでいたわけではないから、名前は懐かしくてもその音楽は初めてのようなもので、実のところは神奈川フィルとの演奏会など最近の評判を耳にして行ってみる気になったのである。もしかするとかつてLPで聴いた古き良きドイツの響きが懐かしくも思いがけず聞こえてくるやもしれず、また、ありきたりの、スマートで機能的なだけの音楽とは一線を画する、昔ながらの力強く中身の濃いmusizielenを目の当たりにすることが出来るかもしれなかった。そしてもしそうならそんなHanns-Martin Schneidtのドイツ精神がどこまで仙台フィルを変えうるのかということにも些かの興味が湧いたのである。

コンサートに出かける条件は他にも概ね整っていた。プログラムもよかったし(Schubertの"Die Große"がメインで、その前にMozartが2曲)、ゆとりのある休日土曜日のマチネーであり(仙台フィルの定期2日目はいつもそう)、空気も大分秋めいてきていて(朝夕は寒いくらいである)、隣の森林公園を散歩がてらぶらついてから青年文化センターの椅子に落ち着いて、路地を吹く秋風のようなSchubertを聴くというのは悪い考えであるはずはなかった。そしてその結果はと言えば…見事正解だったのである。

初めは少しく心配された。登場してきたHanns-Martin Schneidtは小柄な好々爺然とした老人で、脚が悪いらしく指揮台に向かう足取りはヨタヨタとかなり頼りなくて、まるで村の寄り合いに出る前に孫の家に遊びに来たおじいちゃんという様子であった。私は勝手に真摯なる宗教音楽の大家、誠実さが厳粛さにまで達したカリスマの姿を思い描いていたのだが、そんな特別な気配は微塵もなく、寧ろ瓢然としてユーモラスですらあった。老人は指揮台に上がるのも一苦労なようで、用意された椅子に座っての指揮もどこか冴えぬ感じであったが、"魔笛"の序曲はまずはごく普通の演奏である。心密かに出だしの第1音から違っていたらこれはもう…などと期待していたものだから、ムム…このままなのか…という一抹の失望と不安が脳裏をよぎった。(この一人勝手な失望と不安は後半のSchubertでものの見事に覆されるのだが、この時は知る由もない。)

というわけで前半のMozartではコンチェルトの緩徐楽章にその尋常ならざるものの片鱗が窺われた程度で、滋味はあっても特に凄味はなく、過剰な期待は十分に満たされることなく終わってしまった。ドイツ流のバランス、遅めのテンポ、滑らかなフレージング、適度の軽やかさと愉悦、静かな幸福感などがしごく普通にあったきりで、普通以上のものの影は時折微かに掠めるだけであった。

オケにはSchneidtの意図が十全に伝わるように神奈川フィルのコンサートマスターである(金髪の)石田泰尚が連れて来られて座っていたのだが、慈しむような滋味と遅さの先にSchneidtが実現しようとしているものを描ききって、そのゆっくりしたテンポを充実した意味で満たすだけの能力と意志が、また美感と様式感が仙台フィルには備わっていないということだったのであろう。特に気になったのはホルンの非力さで、ダイナミックの幅が狭く、一本調子にただボーボーと鳴るばかり。およそ表情というものがないのには閉口した。そこにその音を置いているだけという感じで、Peter Damm並みとは言わぬが、せめて弱音のコントロールや音色の変化をもう少しなんとかして欲しいところではあった。
もっとも、編成を絞ったMozartやHaydnでそのまま弾いて魅力的なオケやアンサンブルが日本にどれだけあるのかと言えば全く心許ない話ではあろう。質感と美感と様式感について適正なスタイルを備え、指揮者にアンサンブルをゆだねられ放っておかれても見事だというオケがあれば、それこそ毎晩でも聴きに行くわけであるが。無論これは無理な話だ。
さて休憩後のSchubertである。Mozartのコンチェルトでぐっと絞り込んだ編成を一気に広げ、仙台フィルとしては(管を除けば)ほぼフルだったのではないだろうか。気合いが入っている様子である。始まると冒頭のホルンがとても強い。遠くから響いてくるかと思いきや耳元で鳴らされたかのようで、その予想外の強さに一瞬ビクッとしたほどだったが、解釈なのか、ホルンセクションの問題なのか区別がつかなかった。それが引っかかって少しの間ついていくのが遅れたのだが、ふと気がついてみるといつの間にか演奏がスルスルと目の前で巨大になっていくのである。そういう曲と言えばそうなのだが、座って指揮をする小柄なSchneidtが急に力強さを増し、何か内に窺い知れぬパワーを宿しているかのように見えてきた。これはもしかするともしかするぞと思い始めて身を乗り出したのだが、真の驚きは2楽章にやってきたのである。

あの2楽章には実に度肝を抜かれた。そろそろと心持ち軽く始まることの多い低弦の刻みが、強く踏みしめるような巨人の足取りで始まったのだが、その途端、我々の眼前にSchubertのあのLiedの世界が立ち現れたのである。あの冬の旅の若者が旅の空をズンズンと歩いていくのである。野を越え、森を越え、枯れ葉の舞う裏さびれた路地を抜けて歩いていく。

まるで彼の歩いていく情景が見えるかのようであった。枯れ野では幻の花が、森では華やかな幻の姿が親しげに誘いかけてくる。一見楽しげで、足取り確かに力強く歩いているのだが、彼の歩む道の脇にはすぐ隣り合って悉く暗い底なしの奈落がぽっかりと口を開けているのである。若者の目に映るは失われし恋人の面影、遠く離れた故郷の家、得ることの叶わぬ花嫁と家族の幻か。いつの間にか花は枯れ萎れ、慰めは遠のき、元気一杯だったはずの若者の歩みは堂 々巡りのうちに今や蹌踉 として、気がつけば自身がさすらい人、辻音楽師となり果てている。もはや彼の前にあるのは、ただ幻の太陽の薄ら明かりのうちに時もなく夢のなかのようにひろがった黒々とした冬の荒 野のみである。

かつてAdornoがSchubertの風土は死の風土であり、その風土にあっては最初の一歩も最後の一歩と等しく死の傍らにあるというようなことを言っていたのを覚えている。異様な遅さのうちに悲哀と明るさが慰めと共に平然と隣り合ったすさまじい演奏を聴きながら、そのことが思い出されてならなかった。ひたすら歩き続けられ、あちこちの地点が訪ねまわられながらも、この風土そのものはどこまでもついてまわるのである。
死の風景が日常の風景の中に(潜んでいるのではなく)当たり前に並んでいる有り様は、それが何の違和感もなく当然至極に示されるとなお一層異様で、それでいて不思議な安堵感をももたらすのは奇妙だった。

しっかりと常に強めに刻まれる低弦、さみしいのだがそれでもさみしすぎずに弾むような軽快さを失わず吹かれる木管、悲しくはあっても愁いは帯びず、決然として感傷に堕さぬヴァイオリン、時に最後の審判のように轟然ととどろく金管とティンパニー、そしてそもそも遅いのだが深遠を覗き込む部分はものすごく遅くなるテンポ。実に20分を超えたのではないだろうか。しかし遅くとももたれず、軟弱にもならず、健全な歌心で死の情緒がグロテスクなまでに描き出される様にすっかり驚かされてしまった。

につづく

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